NPOトリトン・アーツ・ネットワークの活動レポートです。詳細はhttp://www.triton-arts.net
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カテゴリ:SQWシリーズ( 74 )

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第4日

6月5日(土)14:00開演
《2人の巨人II ピアノ五重奏曲》
【報告者:今野高/団体職員/1階8列20番】

でも、そのうちに何故ドヴォルザークがトリなのか分かってきたような気がした。

地下鉄大江戸線、勝どき駅を初めて降りる。
トリトンスクエア、もう10年位前かしら、開発されて話題になった街に初めて足を踏み入れた。運河に架けられた動く歩道のあるトリトンブリッジにもびっくり。完全な御上りさんだ。だから第一生命ホールも初めて。土曜日で少し閑散としたロビーからエスカレーターでホールへ。客席数800に満たないこぢんまりとしたホール。ステージとも親和性があって雰囲気もいい。

今日はピアノ五重奏曲が2曲。ブラームスとドヴォルザーク、どちらも大好きな曲。でも演奏会で聴くのは初めてか…。プログラムの一曲目はブラームスから。日本人的感覚(?)ではブラームスがトリのような気がするけど…。

ブラームスの演奏が始まってびっくり。気迫溢れる演奏。体が躍りガッツ溢れるプレイって感じ。身体中から音楽が迸るようで、見ていて気持ちがいいし、説得力がある。最近こんな力の入った演奏にはなかなかお目にかかれない。そういえば弦楽器の4人の椅子も背もたれのないピアノ椅子、背もたれに凭れて演奏するような横着な演奏ではない。また、譜面台も低くして演奏者がよく見えるようにしている、サービス満点。

また5人の音のバランスが秀逸。セカンドヴァイオリンやヴィオラの音もしっかり前に出てきて気持ちがいい。チェロも張りのある素晴らしい響き。ピアノが入ると弦楽器の音がけされるかなぁ、なんて不安は全くの杞憂だった。
1楽章が終わったところで思わず拍手したくなる。

でも、そのうちに何故ドヴォルザークがトリなのか分かってきたような気がした。ブラームスも凄いけれど、一人一人の音が凄くきれいで(ちょっと色彩的?)、ドヴォルザークを歌う方がオハコなのかもしれない…なんて気がしてきた。きっとドヴォルザークの歌を、これでもかというくらい聴かせてくれるのだろう。

それにしても凄い気迫のブラームス。4楽章の終盤では身体中にゾクゾクっと電気が走った、こんな演奏会も久しぶり。

さて休憩をはさんで、ドヴォルザークの演奏。期待通り、まるで彼らの血が歌っているよう。幅の広い表現力で、深く心の底を抉るようなところから軽妙に駆け抜ける(疾走といった方が適切か)ところまで自由自在に聴衆の心を揺さぶってくれる。
歌がヴィオラからヴァイオリンへ、あるいはヴァイオリンからチェロへと重ね合わせるように引き継がれていく。ヴァイオリンもヴィオラもチェロもみんな歌がとてもきれい、心に沁みていく。
野原さんのピアノも凄い。どれだけ合わせる機会があったのか知らないが、彼らの世界と見事に絡んでいる。

そういえば、ドヴォルザークでファーストバイオリンが入れ替わった。ブラームスの時は山本サンディー智子さんがファーストだったのにドヴォルザークではダニエル・チンさんに交代している。プログラムではダニエル・チンさんの名前が先になっているから本来は彼がファーストなのだろうか。でも、山本さんのファーストでも全く違和感がなかったから凄い底力のあるクァルテットなんだと思う。
本当にひとつの楽章が終わるごとにブラボーと拍手したくなる演奏。

演奏が終わると心のこもった熱い拍手、やっぱりみんな大感激だったのだ。
このミロ・クァルテットのシリーズは今回が最後。もっと早く知っていればと悔やまれる。他の曲も聴いてみたかった、残念。

終演後、ホールを後にして土曜日の夕方の街に出る。折角ここまで来たのにこのまま帰るのは忍びない。次回は月島でもんじゃでも食べて帰ろうか。
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by tritonmonitor | 2010-06-05 14:00 | SQWシリーズ

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第3日

6月4日(金)19:00開演
《2人の巨人I シューベルト×ベートーヴェン》
【報告者:佐々木久枝/TANサポーター、華道教授/1階6列11番】

オクターブを奏でるチェロを軸として音のキャッチボールを高い集中力を保って行っており、一瞬たりともスキを見せずに弾き進めていました。

今活発な演奏を繰り広げツイッター上でも話題の面々。連日のハードスケジュールにもかかわらず熱心に舞台を務めていました。

シューベルト:弦楽四重奏曲第15番ト長調
第1楽章では澄み切った中に鋭さを込めた音色にまず惹かれました。集中力が最初から高く保たれており、小刻みな音の揺れに繊細な作曲者の心情が投影されているのが巧みに表されていました。
第2楽章では歌曲を多く成した作曲者ならではの泣き節。一転して転調した新しいテーマでは嵐の夜を思わせるフレーズが小刻みで丁寧な弾き口で表されていました。変ホ長調に転じても尚細やかに刻み、チェロが他パートにサポートされて低音の響きで魅せてくれました。
第3楽章では勢いと輝かしさに満ちて弾き出されたテーマに続き、各奏者どうしが次々と積極的にフレーズにアプローチし、スパイラル状にアンサンブルが盛り上がっていくところに聴き入りました。
第4楽章ではタランテラ調の独自テーマが勢いよく繰り出されました。全員揃って甘美なテーマの重奏も丁寧な音運び、強音でも冷静さをも以て弦をコントロールし、弱音でも芯を捉えて弾き進めていたのが印象的でした。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調op.130/133「大フーガ付」
第1楽章では重厚な語り口で弾き出される序奏に続き、たたみかけるように進んでいく快活さが魅力的。滑らかなヴァイオリンに対しチェロがノーブルな響きで応えており、緩急巧みに弾き分けながらもメロディラインを明確に紡ぎ出していきました。
第2楽章では内に内にと突き進んでいくような求心的アンサンブルを聴かせており、快速な中にも音型が崩れていませんでした。技術面が確かでないと崩壊しかねない部分なので、さすがの一言。
第3楽章では優雅なアンサンブルを展開。特色あるメロディは作曲者のロマンティストの一面を垣間見せてくれる印象で、特にピチカートでリレーしていく部分はチャーミングでさえありました。
第4楽章ではドイツ舞曲を過度の感情移入せずに弾き進めていました。技術面で秀でているのは勿論ですが、見通しのよい楽章作りをしていたのが印象的でした。
第5楽章では甘美にしかし甘美過ぎずに弾き進められていくカヴァティーナはこの日の白眉ではないかと思います。
最終楽章では激しいテーマにも関わらず聴いていて不思議な陶酔。艶やかな音色を存分に各パートがぶつけ合い、勢いに富んだアンサンブルを聴かせてくれました。間奏部分では優雅さをたたえつつ、ユニゾン部分ではより幅広く演奏していました。
オクターブを奏でるチェロを軸として音のキャッチボールを高い集中力を保って行っており、一瞬たりともスキを見せずに弾き進めていました。

急遽アンコール「浜辺の歌」が演奏されましたが、チェロのさざめくような響きに続き、ヴァイオリンの滑らかなメロディが奏でられました。変ホ長調に転じてからはチェロのメロディの伸びやかさが印象に残りました。
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by tritonmonitor | 2010-06-04 19:00 | SQWシリーズ

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第2日

5月30日(日)14:00開演
《アメリカへの旅》
【報告者:井出春夫/会社員/2階L1列46番】

始まったら、やはりびっくり。
最後に音が小さく消えた瞬間、仄かな光が射し込んだような気がしたが何ともやりきれない気持ちが残る。


ミロ・クァルテットは前回(約5年位前だっただろうか)第一生命ホールで初めて聞いてとても感動し、またこのホールで聞きたいと思っていたクァルテットである。そして、今回そのチャンスが来た。このクァルテットは、とても音が美しくホールによく響き、ホールとの相性もいいように思う。特に弱音(ピアノやピアニッシモ)が弱い音ではあるが、ゆたかな音で聞こえる。
フェスタ2日目は、弦楽四重奏では超有名曲、ドヴォルザークの「アメリカ」ミロカルテットと大親友の作曲家ケヴィン・プッツ「クレド」、ジョージ・クラム「ブラック・エンジェルス」の現代曲である。現代曲の2曲は初めて聞く曲だが、第一生命ホールならではのプログラミングではないだろうか。まず、プログラミングに拍手!
第1曲目のドヴォルザーク。とても新鮮でみずみずしい。音楽の感じがどんどん変わっていくのがとても面白く、音に弾力があり、4人の音が自然に混ざりあっていくこのライブ感はたまらない。
第2曲目と3曲目は、曲が演奏する前に解説があった。現代音楽は、どこを聞いたらいいかわかりにくいから、その曲が出来た経緯や、演奏者と作曲家の関係などがわかると曲を聞く上での道標になるので助かる。
2曲目、ケヴィン・プッツ「クレド」は、ミロ・クァルテットの依嘱作。アメリカの明るい面を追求したいという要望があったようだが、2007年は、イラク戦争など悲しいことが多かった。この曲は2007年のアメリカの状況を自分の内面を見つめながら作曲したという。曲想は暗めであるが曲を聞いていると何だか優しさや暖かさ感じられ何だかとても癒される感じがする。休憩時間にロビーにでてみたら、今のは現代曲だったのと話されていた方がいらした。
3曲目はジョージ・クラム「ブラック・エンジェルス」。曲が始まる前に、銅鑼やグラスなど弦楽4重奏曲には登場しない楽器(というより「モノ」)が並んでいる。打楽器奏者でもいるかしらと思ったら、出てきたのは4人。あらかじめ今までの弦楽四重奏とは全く違うという解説はあったものの、どうするのかしら、オーケストラだって、弦楽器奏者は指を鳴らしたり、かけ声をかけたりするくらいしか見たことがない。始まったら、やはりびっくり。チェロは普通左手で押さえるところを弓で弾いたり、銅鑼やグラスを弓で弾く。声が聞こえる。数字を数える等々。だいたい演奏中に楽器の場所まで歩行が入る四重奏曲を知らない。曲は暗くなまめかしい。でも、音を聞いていると何だか画像が浮かんでくるような気がした(怪奇映画やドラマ、お化け屋敷など、この曲とは関係のないものであったが)。最後に音が小さく消えた瞬間、仄かな光が射し込んだような気がしたが何ともやりきれない気持ちが残る。
アンコールとしてバーバーの四重奏曲から2楽章。これまたこの曲で癒された。ナイス、アンコールプロ。
ブラック・エンジェルスはCDでは聞いたことはあったけれど、どんな風に演奏しているのかがわかってとっても面白かった。アンコールで救われた感じがしたなど、話している方がいたのと、いつになく、よかったというような感想を多くの方が持ったように感じ、ホールを後にした。
現代曲は、演奏家やホール、そしてそれをささえるスタッフ、そして満員にはならないが聞いて下さるお客さんなど演奏を成功させるための要因が揃わなければ出来ないであろう。このホールにはそれがあるのではないか。とすればここは、あまり演奏されない作品や現代作品を継続的に取り上げて行く必要があるのではないだろうか。
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by tritonmonitor | 2010-05-30 14:00 | SQWシリーズ

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第2日

5月30日(日)14:00開演
《アメリカへの旅》
【報告者:T.K/中央区在住/1階】

同じ街に住み、週6日も顔を会わせ、同じ場所で働く。
そのような生活を何年も続けてきたクァルテットだからこそ出来る音楽なのだろうと思う。


もう5月も終わろうという日曜日の昼下がり、日毎の寒暖の差が激しい東京で、太平洋を越えてきた4本の弦楽器の調子は大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら潮香る運河を超え、トリトンスクエアに到着。あちらこちらとエスカレーターを登りながらホールに近づき、最後のエスカレーターに身を委ねている時、後ろには息を切らせた女性が同行者に対して「建物の中でホールに着くまでで迷っちゃって…」と説明をしていた。
この女性の心境に関しては小生もとても理解できる。小生も第一生命ホールに初めて来たときは、建物内でホールへ辿り着く事が出来ずに些か慌てた記憶がある。小生は決して「ホール」や「小屋」と呼ばれる施設に不慣れではないつもりではいるが、第一生命ホールのような「複合施設の中のホール」というのは、スムーズにたどり着けない事が多い。
ここ以外にも関東近郊だけでも複合施設の中のホールは各所にあり、そこに辿り着くまでに一度は迷った事がある人は決して少なくないのではないかと思う。
勿論、それぞれの施設で親切な館内案内は設置されており、それに従えば迷わず辿り着けるはず。しかし現実には、今日の女性のような人もいるわけで、そこには何らかの要因がある。その要因の考察を始めると文字数が跳ね上がってしまうのでそんな無益な事はしないが、複合施設のホールというのは定期的に「ホールへの行き方が分かりづらかった」という意見を寄せられるのだろうなぁ、という感慨にふけった。

そのような感慨から我に返り、入口でプログラムをもらい、客席で演奏を楽しむ。演奏の内容への考察は、小生の様な一介の素人リスナーの論ずるところではなく、専門家の方々にお任せするし、朝日新聞の夕刊にも取り上げられているが、稚拙ながら感じた事を一つ記させてもらえば、手で触る事が出来てしまうのではないかと思うほどの質量感のあるサウンドで会場が満たされていた。楽器から発せられた空気の振動が一つのまとまりとなって、「音波」という単純な現象を超えて人の鼓膜だけでなく、肌全体にぶつかってくる。そのような感覚を覚える演奏だった。同じ街に住み、週6日も顔を会わせ、同じ場所で働く。そのような生活を何年も続けてきたクァルテットだからこそ出来る音楽なのだろうと思う。

今日のプログラムは『アメリカへの旅』という、各時代のアメリカに住まう作曲家が、その時代のアメリカや自身の心情を描写した曲を集めたプログラム。19世紀、20世紀、21世紀から1曲ずつ選曲するという、一見すると挑戦的ともとれるプログラム。4日間にわたるフェスタの中でも、異彩を放っているように感じる演目だが、クァルテットでこのような機会に恵まれるのはやはりTANだなと思う。4人の弦楽器奏者が『クァルテット』であることのアイデンティティーともいえるベートーヴェンのプログラムから始まり、各日でテーマを持って選曲し、そのクァルテットの芸術性を様々な角度から捉えることのできる4日間。この日もミロにとっては欠くことの出来ない大切な一側面であり、ミロにしか出来ない音楽だったのだろう。
昨年のカルミナの時にも感じたことだが、世界のリーディング・クァルテットとも呼べる団体で、このように多岐にわたるプログラムを楽しませてもらえた事に本当に感謝したいと思う。素晴らしい演奏を聴かせてくれたミロ・クァルテットと、オーガナイザーに心から感謝したい。
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by tritonmonitor | 2010-05-30 14:00 | SQWシリーズ

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第1日

5月29日(土)14:00開演
《オール・ベートーヴェン・プログラム》
【報告者:河上高廣/松戸市在住/1階8列25番】

心の中まで深く入ってくる表現

1.第一生命ホールでのクァルテット・ウイークエンド2010-2011・フェスタにおけるミロ・クァルテットの演奏会の初日でした。オール・ベートーベンの弦楽四重奏曲というプログラム。素晴らしい演奏会でした。聴衆が少なくてもったいない!もっとたくさんの人に聴いてほしい演奏でした。
(弦楽四重奏の演奏会で寝ないで済んだのは久しぶりでした。)

2.第一生命ホールは一つ一つの楽器の音が非常に明瞭に聴こえ、かつ、響きもほど良い素晴らしいホールです。録音用のマイクがやや低めにセットされていて視覚的には少し気になりましたが、きっといい音で録れているのだろうと思いました。

3.さて、ミロ・クァルテットの演奏。アンサンブルの精度がとても高く、また、息も良く合っていました。特に中央の二人は(第2バイオリンとチェロ)は良かったように感じました。アイ・コンタクトもよく取られていてまさにこれぞプロのアンサンブル!4人ともピアニッシモが本当にきれい!!音自体も落ち着いた音色でした。

4.第1曲目は、ベートーベン/弦楽四重奏曲第4番ハ短調op18-4。四人の奏者がほぼ対等にそして冷静さを保ちながら、各自の主張もしていました。音量で圧倒しようとすることはなく、音の明瞭さ、重なりを大切にし、緊張感をもって演奏されています。私は、特に第2楽章の音が積み重なって流れていくような部分が印象に残りました。

5.第2曲目の弦楽四重奏曲第16番へ長調op135は、第3楽章が白眉。静寂さの中にピント張り詰めた緊張感。悲しさ、寂しさを歌っているのでしょうか。心の中まで深く入ってくる表現に大変感動しました。

6.第3曲は、弦楽四重奏曲第8番ホ短調op59-2「ラズモフスキー第2番」。もっと激しい出だしになるのかなと思っていましたが、以外にあっさりと(平凡なという意味でなく)始まりました。第2楽章の優美さ、第3楽章の軽快さも印象に残りました。

7.大きな拍手に応えてのアンコールは、ベートーベンの弦楽四重奏曲第13番変ロ長調OP130から第5楽章「カヴァティーナ」。嘆きの歌だそうです。ベートーベンが書いた最も美しい旋律の一つとのこと。このアンコール曲、本当に聴けて良かった!!

8.素晴らしい演奏会でしたので、帰りにベートーベンの弦楽四重奏のCDを購入し、メンバー4人にサインをしてもらいました。

9.最終日はブラームス、ドボルザークのピアノ五重奏曲を演奏するとのこと。このクァルテットにピアノが加わるとどんな演奏になるのだろうか。
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by tritonmonitor | 2010-05-29 14:00 | SQWシリーズ

〈クァルテット・ウィークエンド2010-2011“Festa”〉 ミロ・クァルテット 第1日

5月29日(土)14:00開演
《オール・ベートーヴェン・プログラム》
【報告者:齋藤直美/中央区月島在住/1階8列26番】

ミロ・クァルテットがやってきた!

この日を、どれだけ待ち続けていたことでしょうか。
 2005年のベートーヴェン作品18全6曲の演奏会で、 ミロ・クァルテット(以下、ミロQ)の演奏にノックアウトを受けてからというもの、ますますベートーヴェンが気になり、大好きだったピアノの演奏会よりも弦楽四重奏の演奏会へ出かけることが多くなりました。 

1曲目 第4番ハ短調op18-4
 第1楽章が始まると、ピンとまっすぐ背をのばしながら聴き入っていました。前回とほぼ同じ席に座っていたので、5年も経つと、演奏にこれだけ深みが増すのかと、興奮してしまいました。音が分厚く、やわらかく、迫力のある演奏です。1階席でこれなら、2階
席だとどんな風に聴くことができたのか、なんてことも考えてしまうほど思いが広がっていきます。
 調弦が終わって2楽章に入ると、ようやく少し冷静に聴くことができました。というのも、なんだか音色が変わったように感じたのです。第1楽章の時と違って、ミロQらしくないという印象でした。「もしかして、湿気のため?」と思い当たり、この数日の天候不順が影響しているのかもしれないと感じました。湿気たっぷりの状態でお客さんはホールに集まってきたと思います。「日本の季節感は、楽器にはダメージが強いんだ」と改めて認識した瞬間でした。
 第3楽章の音色の混じり具合やテンポの加減は、見ていても聴いていても楽しく、CDで何度も聴いてきた印象とは変わったものが心に刻まれました。第4楽章は、第2バイオリンとビオラとの掛け合いがやわらかくて、前方の席ではこうしたやり取りも垣間見ることができました。
 
2曲目 第16番ヘ長調op.135
 演奏が始まるまでの静けさが、この曲への期待感を増していったように思います。ミロQの本領が発揮されたかのように始まりました。第2楽章では、細かな動きと重厚な音が入りまざります。この曲は、交響曲第9番の後に作られたそうですが、晩年とは思えない明るい印象があり、この日の演奏はそのイメージをストレートに伝えてくれました。そうかと思うと、第3楽章の出だしは、やわらかく始まり、音の重なり具合に工夫がされているのもベートーヴェンらしく、第1バイオリンの美しさにうっとりしてしまいました。そして、第3楽章が終わった時の空間は、この曲が始まる前の静けさとは別物で、終楽章への期待をかきたててくれました。

 3曲目 第8番ホ短調op.59-2 ラズモフスキー第 2番
 今回、最も期待していたのは、この曲でした。2005年にミロQ のベートーヴェンを聴いた人なら、楽しみにしていたのではないでしょうか。なぜなら、5年前のミロQ自身のコメントには、今後もベートーヴェンが作曲した年頃と自分たちの年齢にあわせて弾いていく、という話があったからです。それから5年の間に、私もいくつかのクァルテットでこの曲を聴いてきたこともあり、ミロQがどう聴かせてくれるか、心待ちにしていました。
 第1楽章では、何度か出てくるモチーフを楽しみながら、リラックスして聴いていました。第2楽章は静かに始まり、内声部分の楽器の活躍と第1バイオリンのやわらかな音が素敵です。第3、第4楽章では、4人のやり取りや表情も一緒に楽しんでしまうほど、ステージに引き込まれてしまいました。
 
 アンコール「第13番op.130より第5楽章カヴァティーナ」
 観客の数を上回るかのような、ものすごい拍手の音量でした。そしてこの曲は、まるで小編成のオーケストラを思わせるほどの様々な音色が折り重なっている響きに、うっとりと聴き入ってしまいました。そのうちに、ベートーヴェンでこれほど聴かせてくれるなら、他の音楽家はどういう演奏を聴かせてくれるのか気になってきました。ピアノも入る第4日も、聴きに行こうと思っています。

 演奏が終わって、「よかったね」といいながら席を後にする人、ロビーでは、CDを購入したり、サイン会を待つ人が多くいました。この光景も5年前と同じ。Festa 最終日、そして今後の演奏活動に期待をしてしまいます。
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by tritonmonitor | 2010-05-29 14:00 | SQWシリーズ

カントゥス・クァルテット《うたは時をこえ海をこえ》

3月13日(土)18:00開演
【報告:津下 祥子/音楽家/2F1列45番】


~Blowing the strong wind by Cantus String Quartet~



3月13日土曜日、久しぶりの晴れた暖かい陽気。先日11日には九州南部・奄美地方で今年全国初めての春一番が吹いたそうだ。春を告げるような力強い風に追い立てられて、休日のジョギングを楽しんでいた頃、思わぬ突然の知らせが届いた。コンサートのメールだ。ここにも追い風が吹いているのか、興味をそそられて会場に足を運んだ。

出演はカントゥス・クァルテット/Cantus String Quartet、全員がアメリカ音楽の地を踏んだ日本人メンバー。2005年に結成され、東京、横浜を中心に活動されているそうだ。プログラムはシューベルト弦楽四重奏曲第13番イ短調op.29 D.804「ロザムンデ」、アイヴス弦楽四重奏曲第1番ハ長調「救世軍より」、チャイコフスキー弦楽四重奏曲第2番ヘ長調op.22。時代と様式を越えた演目、まさに彼らがこのたびテーマする「うたは時をこえ海をこえ」といった内容だった。

東京ベイエリア__いわゆる都会の視覚的・聴覚的な刺激の中でクラシックのコンサートに足を運ぶことは、日々の生活では味わえない時間を体感することができる。ある種、現地へ行ったつもり時間旅行とか、自らの内面を解放するメンタルダンス、演奏家の巧みや表情を味わう…必ずしも専門的である必要はなく、何でもいい、リラックスして時間を楽しむコツを持つと面白い。今日もそれを知っているのか、客席は活気があり満席に近く、楽器ケースを持つ聴衆もちらほら。演奏会への期待が伺えて、楽しみになってきた。

1曲目、シューベルトは出だし本当に静かな音から始まった。会場を日常から引き離してしだいに演奏へ引き込んでいくかのように。クローバー畑に飛ぶ蜂の羽音も聴こえる様な、穏やかな音楽。第1楽章で織り成す穏やかさはとても内的であるが故に悲しみに対する嘆きも含まれていて、第2楽章では日々の幸せな生活を、第3楽章では人の町の暮らし、再び実感する悲しみ、第4楽章では演奏家の踊るような音楽を味わうことができた。

2曲目、アイヴスはアメリカ現代音楽のパイオニア的存在。軍楽隊でバンドマスターを務めた父親を持ち、エール大学でホレイショ・パーカーに作曲を師事、自身保険会社の経営者という経歴。学生時代に作曲された作品は、第1楽章の若々しく健全なフーガから始まる。何か志と理想の建築物を妄想させる堂々たる響き。第2楽章は日々の思考を、第3楽章でも賛美の色が濃く、アイルランド的な響きにアメリカの港を思い描いた。3拍子や夜を思わせる民俗的風景があり、第4楽章にはマーチやリズムなどにアメリカ的ナショナリズムを感じるフィナーレだった。素晴らしいのは、そういった音楽のキャラクターを見事に披露してくれたカントゥス・クァルテットだ。公演休憩中、私は高揚感に包まれていた。

3曲目、チャイコフスキー。弦楽器の湾曲したフォルムがとても似合う作曲家と私は勝手に思っている。弦楽器のことをよく知っていて、情熱的で、ベートーヴェンが仮に内臓をえぐるような音楽なら、彼の弦楽四重奏曲は肉体をえぐりつかむような表現を私は魅力に感じた。第1楽章では第1ヴァイオリンのソロが早速魅せる。旋律はオクターブで強調され、チェロの深い低音が幅広く豊かにしている。第2楽章では遠く転調して甘くフランス的な響きを、第3楽章冒頭ではっと目を覚まさせられてそれぞれの演奏家の存在に気づかされる。同じヴァイオリンでも第1Vn.の物集女さんと第2Vn.の梅原さんとではソロの音色が違う。勝手な例えで恐縮だが、同じストロベリーケーキでもショートケーキとミルフィーユの食感の違いのような。ヴィオラの大島さんは何時も存在しているペースメーカーで、チェロの森澤さんは絶対的な安心感を与えてくれているようだ。第1Vn.だけ若干離れたように見えるセッティングも4人の音楽作りの理由だろうか。第4楽章、たった4本の楽器がシンフォニーのような表現力でロシアを謡って締めくくられる。

アンコールにはグラズノフ作曲「5つのノヴェレット」より「ワルツ」が奏され、爽やかな印象の中コンサートの幕が閉じられた。

終演後ロビーでは活気に溢れた聴衆が4人の演奏家を取り囲んで演奏会の喜びを分かち合っていた。会場を後にする頃にはすっかり冬の冷たい空気に戻っていたが、春一番も近いという気分にさせてくれた一日だった。
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by tritonmonitor | 2010-03-18 13:43 | SQWシリーズ

2月6日(土)クァルテット・エクセルシオ ≪20世紀・日本と世界Ⅲ≫

2010年2月6日(土)18:00
【報告:土田大志/神奈川県在住/1階14列14番】



風が強いと地球は誰かの凧のようだ…ふと谷川俊太郎のソネットを口ずさみたくなる、立春を迎えたばかりの北風の吹く夕暮れでした。
トリトンスクエアは外の慌ただしさとうってかわって穏やかで暖かく、たどり着いたとたん、ほっ、と一息。プログラムに軽く目を通したところでベルが鳴って。さて、演奏会の始まりです。

少し風変わりなグレーの衣装をまとった4人が登場。統一感はありますがひとりひとりデザインが違います。静かに楽器を構えると、高い音からゆっくりと、音楽が地上に降りてくる。低いところでエネルギーをためてひときわ弦を大きく鳴らすと、ふたたび天空へ響きを投げ返す。
シュニトケの弦楽四重奏第2番。自動車事故で亡くなった友人への悲歌だそうです。古代ロシアの讃美歌を用いた深い悲しみの中、地上から天上へと語りかけるような曲でした。冷たく広大な第2番の世界観に引き込まれてきたところで、続いてシュニトケの第3番。
ん?これはどこかで聴いたことのある響き。そうかと思うと、ふっとその音楽が溶けて、また現代の響きに戻る。そしてまた別の、耳馴染みの良い音。
第3番はルネサンスの音楽やベートーヴェンのフーガを引用しているそうで、それらがモザイクのように散りばめられているのです。しかしその繋ぎ目は全く見事に溶融されていて、完全に一体化している。楽章をまたいで共通の主題が何度も登場するのですが、それがなんとも静かな感動を生む。
シュニトケは、過去の音楽に深い敬愛を抱いていたのでしょう。そして自分の愛するフレーズを溶融し、現代の書法で自分の音楽にした。
クァルテット・エクセルシオはそうした一つ一つのフレーズの持つキャラクタを存分に表現しながら、見事に一つの音楽としてつくりあげてくれました。

休憩をはさんで、後半は西村朗の2作品。
シュニトケがそれまでの西洋音楽を模倣したことに対し、西村作品は過去の西洋音楽へ挑戦をしているように感じました。
弦楽四重奏のためのヘテロフォニーでは、まず音階という概念を破壊。四つの楽器が一つの音に集まったかと思うと、ポルタメントで大きくうねりながら乖離し、またひとつになる。4本の音の曲線が、奔放に空中を動きまわる。
「光の波」では、断片的なパルスが少しずつ集合して、一つの方向性をもち、また冒頭へ回帰する。円環構造。連続的な旋律という概念からの離脱。シュニトケの詩的な作風に対し、西村作品は精緻な彫刻を観ているような感覚に陥りました。

西洋の楽器を使いながらも、笙や篳篥、尺八、ホーミーを思わせる響きあり、ケチャをヒントにしたというリズムホケットあり。何処となく東洋の香りが漂います。ケチャの部分では4人が一つの打楽器のような、不思議な一体感がありました。
このあたりでようやく小さな違和感に気付いたのですが、このクァルテットは誰かが過剰に合図を出して他のメンバーがそれに追従する、といったことがありません。
これ程の難曲であれば、たいていは大きく合図を出さないと不安になるものですが、彼らは必要以上にお互いを威嚇することなく、それぞれがきちんと主張してアンサンブルが乱れないのです。長年常設の四重奏団として活動してきたからなのでしょうが、個人的には非常に驚きました。

演奏会が終わって会場を出ると、外はもう真っ暗。ビルの明かりがきれいです。風はまだ強かったのに、来た時よりもずいぶん暖かな気持ちで帰路につくことができました。
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by tritonmonitor | 2010-02-22 12:52 | SQWシリーズ

2009年6月13日(土)SQWFesta 第四日 挑戦する者

【報告2:T.T/会社員/】


 弦楽四重奏団を生で聞いたのは今回が2度目(カルミナ四重奏団は初めて)だったのですが、演奏会が終わって、なんともいえない幸福で温かな気持ちでいっぱいになりました。普段はあまりバルトークやラヴェルなどは聞かず、特にヴェレッシュやシュナイダーは初めてお聞きするお名前だったこともあり、「演奏会についていけるかな」という不安もありましたが、1曲目のバルトークを聞いて、それは杞憂であったことが実感できました。
 音楽の難しいことはわかりませんが、普段敬遠していたバルトークの音楽が「スッ」と自分の中に入りこんで、なにか心安らぐ体験が出来たのです。普段なら、耳慣れない音楽は、もしかすると「苦痛」を伴ってしまうこともあったのですが、これは本当に不思議な体験でした。今、振り返ってみると、バルトークが弦楽四重奏曲第二番を作り上げた想い、それと同時に、カルミナ四重奏団の方々の「音楽」に対する、なにか一種の「想い」、その二つが調和して、うまく自分の中に入り込んでくれたのかなと、そんな気がします。特に、シュナイダーが今回の演奏会では、艶っぽく、そして熱く、一番印象に残ったのですが、普段ならきっと聞くことがなかった作曲家であったため、このような素敵な演奏を通じて、この作曲家に出会えたのは望外の喜びでした。
 私事ですが「日常に疲れて(疲れずとも)、非日常である演奏会を楽しみにする」、という感覚を昔はうまく理解できなかったのですが、今回のカルミナ弦楽四重奏団の方々が、本当に楽しそうに音楽を奏でていらっしゃり、音楽(そして演奏会を)を本当に楽しんで、一緒に楽しもうとしている姿を拝見して、演奏者と客である我々が「演奏会を一緒に楽しむ」ということの大切さ、尊さを教えていただけたように思いました。末尾になりますが、このような演奏会を企画して頂きありがとうございました。
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by tritonmonitor | 2009-06-22 10:00 | SQWシリーズ

2009年6月13日(土)SQWFesta 第四日 挑戦する者

【報告1:K.N/会社員】

 カルミナ四重奏団の演奏、とても素晴らしかった! あんな素敵な体験ができるのなら、もっと日ごろから、まめにコンサートホールに足を運べば良かったと切に思う。
 第一生命ホールを初めて訪れた。こじんまりとした、美しい空間だった。円い形のホールは自分にとって新鮮で、とてもおもしろかった。

  今回良かったと思うことの一つは、世の中にこんなに素晴らしい曲があるということを知ることができたこと。まずシュナイダーだが、あんなに複雑で難解な構成で、それでいて楽しく、生き生きとした音楽を書ける人が現代にいるのには驚いた。今回の演奏で、弦楽四重奏3番は早くも私のお気に入りになってしまった。
 ヴェレッシュも初めて聴いた。私はクラシック音楽は好きだが現代音楽はそこまで好きではなく、良いなあと思うことは稀なのだが、ヴェレッシュの四重奏曲には思わず引き込まれてしまった。知らない曲故、次にどうなるのだろうという期待と不安が常に交錯する、そんな魅力満載だった。ラヴェルをお目当てにいったはずが、スイスの音楽家の虜になってしまった。

 このように感じさせられたのは、やはりカルミナ四重奏団の実力なのだろう。楽章が一つ終わるごとに、観客の興奮が高まるのが感じられた。私は演奏中、このコンサートが終わらなければいいのにと思っていた。いつまでも聴いていたい、そんな演奏だった。
 ラヴェルの最終楽章が終わった後の割れんばかりの拍手は、お世辞でも何でもない、観客の素直な感想だ。私と同様に興奮していた人は、ひたすら手を叩きたかったはずだ。スタンディング・オベーションをしていた方もいた。私も立ち上がりたかったが、あまりの感動のため動けなかった。観客席が明るくなるまで鳴りやまない拍手。こんなコンサートは初めてだった。


 彼らの強烈な個性は聴いていて楽しかった。溢れんばかりの表現を生きた演奏で実現する、そんな感じだった。まさに、音楽が生きている感じ。単調な、退屈な場面など一度も無かった。常に緊張が張り詰め、何かが生成されていく感じだ。といっても重苦しいわけではなく、自然に何かが生まれ、動き出し、華開いていくかのようだった。

 良かったのは、彼らのコメントがプログラムに載っていたことだ。どのような想いで彼らは演奏をしていたのか、それをプログラムを通じて垣間見ることができた。音楽家とは音楽をもってのみ語る職業人なのかもしれないが、彼らに興味をもってしまった私にはとても嬉しいサービスだ。

 最後のラヴェルが始まる前、彼らはどのようにラヴェルの楽譜を感じ、表現するのだろうという想いでいっぱいだった。バルトーク、ヴェレッシュ、シュナイダーで私達の期待は十分高まっていた。そんな期待を裏切らないカルミナ四重奏団は相当な実力者なのだろう。観客はとにかく聴きに聴き入っていた、そのはずだ。あんなに引き込まれていく聴衆を見ることも、そうはないだろう。貴重な経験だった。

 私の第一生命ホールの感想は、カルミナ四重奏団のおかげで本当に良いものとなった。良い演奏会に出会えた幸福に感謝したい。
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by tritonmonitor | 2009-06-16 18:01 | SQWシリーズ