NPOトリトン・アーツ・ネットワークの活動レポートです。詳細はhttp://www.triton-arts.net
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2006年8月9日(水) 林光・東混 八月のまつり27

【報告:井出春夫(TANサポーター)/会社員/2階L2列-47番より報告】

  今年も、8月のまつりが開催される時がきた。プログラムをみると27という数字が書いてあるので、27回目なのであろう。27回もやっているコンサートながら私は今回初めてここにやって来た。台風一過の夕方、61年前、長崎に原爆が投下された日だということも忘れて。

 客席でプログラムをみると、すべて聞いたことのない曲ばかりである。
「原爆小景」の演奏に先立ち作曲者で今回指揮をされる林光氏が「この曲は、あらゆる死者のために歌われるものでなければならない」と言われた。
曲が始まる。不安定な響きの中に「水を下さい」というとても悲しいメロディがはっきり聞こえてきた。曲を聞いていると、目の前に悲惨な光景が映し出されているようだ。
その後も、メッセージ性の高い言葉は、はっきりとしたメロディをつけたり、ナレーションに合唱を絡ませたりして聞く人に迫ってくる。そのうえ、ア・カペラで作曲されていることも音楽の緊張感を増しているのではないかと感じた。
正直言って、「原爆小景」という作品は、描写がとても生々しく、あまりにも聞いているにはつらすぎる。もうこの1曲で十分、思い気持ちを持ったまま帰路についてしまおうかという考えが頭をかすめた。

 後半は、没後70年を記念してロルカという詩人の作品に林さんと寺嶋さん(後半のピアニストも務められた)が作曲された作品が演奏された。
 演奏前に、林氏が、「ロルカという人は自分の詩の中で自分の運命を言い当ててしまう」
と言うようなことをいわれた。
 後半のプログラムが始まる。ロルカの詩もそこにつけられた曲も、前半の「原爆小景」に比べたら、あたたかくてきれいな曲である。でも前説を聞くと、本当はつらくて悲しいけど明るく振る舞っているんじゃないのなどと考えてしまうと、ちょっと複雑な気持ちになる。
後半は、組曲事にステージを照らすライトを変えていたが、その感じがそれぞれの曲によく似合っていたと思う。また、合唱も、基本的にはピアノの入った曲であっても、ア・カペラを基調とし、ピアノがサポートというような感じがとてもよかった。

 個人的には「明日になれば」という曲が好き。
 アンコールは、「明日になれば」と宮沢賢治詩・曲、林光編曲による「星めぐりの歌」
 コンサートを通じ、どことなく重たい気持ちがふっきれなかったが、星めぐりの歌をきいていたら、とても癒された気持ちになった。

 最後に東京混声合唱団の皆さんに感謝したい。余裕のある声量で、日本語の歌詞が明瞭に聞こえた。(日本語の言葉を上手く歌うのは、かなり難しいことです)とても素晴らしい合唱だと感じた。
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by tritonmonitor | 2006-08-18 14:43 | TAN's Amici コンサート

真夏の模様替え(ブログの壁)

 晴海のオフィスの外は、強い日射しが降り注いでいます。特に午後の西日はきつく、ブラインドの角度によっては「目」を痛めてしまいそうです。窓から見える外の風景は、豊洲地区。ここのエリアでは、高層マンション、オフィスが次々建築が進んでいます。

 お盆の時期はオフィスも静かです。しかしトリトン内のランチタイムはもの凄い人・人・人・・・です。特にパンチの効いた「焼肉」「とんかつ」「カレー」はどこも長蛇の列。ご飯を確保するのも必死です。

 さて、涼しくなって、晴海トリトンにいらして、是非見ていただきたいのはトリトンの花めぐりです。トリトンブリッジを勝どきからわたりきって、左に進むとクリスマスのイルミネーションがきれいな桜の散歩道があります。その上にトリトン像、花のテラス、緑のテラスがあり、その周りに四季折々のお花が植わっているのです。

 グランドロビーにおいてあるTriton Press vol.26トリトン・プレス フリーペーパーを片手に散策を楽しんでみてください。

http://www.harumi-triton.jp/
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by tritonmonitor | 2006-08-16 17:01 | チャットルーム

2006年8月9日(水)林光・東混 八月のまつり27

【報告:須藤久貴/大学院生/1階6列26番】

 開演前の夕刻、ホール内のロビーから外を眺めていると、それほど遠くもないところに運河が見える。その奥には豊洲の新しいビル群が立ち並んでいる。暗くなりかけた空には、いくつかの高層ビルのほのかに赤い光が明滅していて、蛍が呼吸しているみたいだ。いつのまにか頭の中を、<星めぐりの歌>がとめどもなく流れている。

 林光氏は演奏会冒頭のあいさつで、米国籍の少女が広島の平和記念式典で語ったスピーチを引き合いに出しながら、≪原爆小景≫は「あらゆる死者のために歌われる」と手短に述べた。「氏名不詳者多数」と記した名簿が、今年初めて慰霊碑に納められたことを念頭に置いた発言だろう。プログラム前半を無名戦没者のための追悼と位置付けるならば、後半に取り上げられたスペインの詩人、ロルカ没後七十年を記念した曲目は、ロルカという一人の「英雄」のロマンティックな死を追悼したものであり、対照の妙が際立っていて興味深い。

 林光作曲の≪原爆小景≫を聴くのは三度目になるが、年を経るごとにますます東京混声合唱団の歌声は透き通ってくるように思われる。一曲終わるごとに咳払いひとつないほどの沈黙が訪れる。死者の弔いはつねに厳粛だ。「眼ノ細イ ニンゲンノカホ」と歌う詩句が合唱のあちらこちらから繰り返されると、空間の裂け目から鋭く眼光がこちらを覗く光景が、ありありと浮かんでくるようで恐ろしい。しかし≪小景≫を聴き終えたとき心に残るのは、戦争の悲惨さよりも<永遠のみどり>で歌われる救いのほうである。林光氏の音楽には希望がある。たとえどれほど傷ついたり絶望したりしても、その先には希望がある。実際の現実がそうであるのかどうかは関係ない。なぜなら希望とはリアリティなのではなく、美しい願望なのだから。

 休憩を挟んで≪グラナダのみどりの小枝≫が歌われた。簡明で親しみやすい旋律が流れていく。三曲ある中の終曲<明日ともなれば>は、寺嶋陸也氏のピアノ後奏が、しっとりと静かに弾き終えたのが美しかった。さらに新作初演として≪フェデリコ、君の名前は歌だ≫が演奏された。ロルカへの想いを綴った加藤直による八編の詩から成るこの曲に、既視感ならぬ「既聴感」を覚えたのは、不気味な不協和音の多用が≪原爆小景≫を私の耳に想起させたからだと思う。ロルカのファーストネーム、「フェデリコ」という言葉は、合唱の音域を拡大しながら、神妙な響きで執拗に繰り返される。まるで「フェデリコ」というキリスト教の聖人の名前を呼んでいるかのようだ。

 そして最後に寺嶋陸也作曲の≪イグナシオ・サンチェス・メヒーアスを弔う歌≫。「長編小説のような心がまえで」と林氏が語ったように、大作だった。ピアノの低音が硬く打鍵され、力強く血気に迫る合唱に圧倒される。セビリアの名高い闘牛士であったイグナシオは闘牛で牛の角に突かれて死んだ。「ほかのあらゆる死者と同じか」と悲痛をこめて歌われたのが印象的だ。イグナシオの死は英雄の死であり、甘美さの入り込む余地のまったくない原爆の民衆の死とは対照的な、ロマンティックな死である。その死を「僕は見たくない」とロルカは叫んでいる。

 アンコールでは<明日ともなれば>が再び演奏されたあと、毎年恒例の宮沢賢治<星めぐりの歌>が静かに歌われた。単音で分散和音を弾くピアノに乗せて、合唱の歌声が星の名前を数えていく。照明を落とした舞台の真上には、電球で模した星々がきらきらと瞬いている。やがて男声合唱が最後のフレーズを歌い終えると、ピアノが静かに消えていくのと呼応して舞台の薄明かりも消えていく。
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by tritonmonitor | 2006-08-12 13:02 | TAN's Amici コンサート

2006年8月9日 林光 八月のまつり27

騒音でない響きの大切さ
【報告:渡辺和/音楽ジャーナリスト/2階R2列36番】

 お堀端で始まった「東混8月の祭り」が、御茶ノ水を経由し晴海に移ってもう何年かしら。東京湾大華火の前頃には「原爆小景」を聴き、「星めぐりの歌」を口ずさみながら運河端をチャリチャリ自転車漕いで戻ってくるのは、ずっと昔からの生活の一部だった気すらする。

 今日は7時15分じゃないぞ、と何度も己に言い聞かせつつ晴海トリトンに到着。自転車置き場を抜け、駐車場エレベーターを3階まで上がり、レストラン街をまいて第一生命ホールへと昇るバルコニーに到ると、なにやら下の2階グランドロビーに人だかり。バルコニーの真下にライブのステージが仮設され、ギター抱えた娘さんが歌っている。

 ストリートシンガー嬢のパーフォーマンスの中身をどうこういうつもりはない。ただ、とても純度の高いハーモニーを耳にしようとホールにやって来る合唱好きにとって、あの電気で増幅された訓練されていない素材だけの声と、ホールへのエスカレーターに乗っている間中真下から響くエッジイなシンセサイザーサウンドは困りものなの。申し訳ないけど、とっても「汚い音」。ああいう電子音に慣れた方には違和感ないのかもしれないけど、クラシック音楽ホールでのライブを日常的に経験し、音の綺麗さが音楽の本質であると信じている者らには、騒音に過ぎない。

 第一生命ホールというヴェニュに足を運ぶ嬉しさのひとつは、ギャルが乱舞する渋谷やら、お疲れサラリーマンが家路に向かう雑踏とは離れた、静かな運河沿いに行けることにある(筆者は北側の住居棟側からアプローチするので、XYZ棟から大江戸線勝ち鬨駅への人の流れは経験しない)。あの汚い音を強引に聞かされたんじゃ、そんな美点が台無しだ。幸いにも、ホールに入ったらロビーのお嬢さんの歌声は全く聞こえなかったけれど。

 このライブを主催しているトリトンスクエア管理会社ホームページに拠れば、本日の「トリトン・ウェンズデイライブ」に登場していたのはマンドリンを自分の楽器にしている「きよみ」さんだそうな。門外漢の勝手な推察だけど、「ナチュラルサウンド」を売り物にするこのお嬢さんの経歴ならば、あの場所ならアコースティックライブをやりたいだろうに。だって周りの騒音はなにもないものだ。

 閑話休題。いや、ホントはこの話は閑話じゃなく、このモニターで最も記したかった本論なのである。ホールに向けての音環境は、音楽ホールにはとても大事だ。トリトンスクエアの施設管理会社がサービスで路上ライブを主催するのは結構。だが、やる以上は質まで管理してくれなければ困る。これだけ立派な施設を管理する大企業なのだから、サウンドスケープという音の風景論くらいきちんと了解している筈だろうに。



 さても、気を取り直してお気に入りの2階R2-36の席へ向かう。客席に入ると照明がいつもよりも暗い。いつものように舞台に林光が出てきて、ひとりで喋る。今年はそんなに長くなく、あっさりと、こんな風に。
「8月6日の広島記念式典で、アメリカ国籍の少女が、去年広島で不幸な原因でなくなった子と、ヒロシマ・ナガサキを結びつけるスピーチがあった。これが記念式典であったのが重要。忘れてはいけないことだが、私たちの『原爆小景』もあらゆる死者のために歌われるものでありたい。(林光)」

 続いて歌われた「原爆小景」、三部作としての姿がすっかり板についてきた。21世紀早々に書かれた「永遠のみどり」を終曲に据え、「死と再生」という枠組みに納められた「原爆小景」は、とてもとても美しい合唱曲になっている。生きている人間が誰もヒロシマを現実として知らない21世紀に、「芸術」としてこの作品を遺すならば、こんな構造とこんな終曲は不可欠だったろう。林光の選択は、芸術家として正しい。

 後半はロルカの詩、及びロルカについての音楽が並ぶ。「寺嶋さんの作品は長編小説のような大曲ですので、心してお聴き下さい」と林が述べて始まる。最初は林の小品のようなロルカ作品集と、加藤直がロルカを巡って綴った言葉への作曲。ロルカがニューヨークで感じた孤独を、東京に置き換えたような。最後に置かれた寺嶋の作品は、正しく林が仰る通りの大作。7時から始まったコンサートなのに、プログラムが終了するともう9時を大きくまわっている。毎年恒例の「星めぐりの歌」を口ずさみながら、湾岸の夏はまだまだ続く。
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by tritonmonitor | 2006-08-10 16:42 | TAN's Amici コンサート