NPOトリトン・アーツ・ネットワークの活動レポートです。詳細はhttp://www.triton-arts.net
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11月18日18:00公演 日本音楽集団 第185回定期公演 和楽劇「呑気布袋」

【報告:山白真代(2階C3列11番)】

 名作「ドン・キホーテ」をもじって「呑気布袋」。しかも和楽劇という事で、一体どんな舞台になるのか…、タイトルを聞いた時からこの作品に強く惹かれるものがあった。私と同じ思いを抱いている人が多かったのか、チケットの売れ行きも好評で、追加公演が決定されたのも納得出来る。

 公演当日…。開演前の会場には和服姿の方も多く、まだ誰も試みていない作品に期待を寄せるいつもとはひと味違った心地よい賑やかさを感じた。また、客席に入るといつものコンサートのステージとは様子が違い、舞台後ろには黒幕とスライドがあり、真ん中には小さなステージと舞台小道具。それを囲むように和楽器が並べられ、華やかで美しいステージがセットされていた。視覚からもこれから始まる舞台にワクワクする気持ちが膨らむ。

 今回の作品は、呑気な山の住職「呑気布袋」役に狂言師の善竹十郎、呑気の旅のお供をする「山椒半左」役にテノール歌手の森一夫、そして美しい姫「華の精」役は元宝塚スターの上原まり、といった豪華なメンバーが出演し、それぞれの個性でストーリーを盛り上げていった。全く違った世界で活躍する3人。声の質、動き、得意とするジャンルも違う3人がどのように混ざり合うかに興味があったが、これが絶妙なバランスで折り合い、3人の違いが逆にうまく生かされる舞台が創られているように思った。さすが、舞台に生きるプロの力だろう。また、合唱で出演の東芝フィルハーモニー合唱団の活躍が、この舞台を更に盛り上げる大きなポイントになっていた。
約80名のメンバーによる歌声は、会場全体まで澄み渡り、「呑気布袋」の世界へと誘ってくれた。また、合唱の歌詞がうまく物語を進める役割となり、スムーズにストーリー展開をしていたように思う。さらに舞台では、この人数の動きをうまく工夫し、演出効果に有効に取り入れられて、とても楽しめた。

 もちろん、日本音楽集団の音楽があった上で成り立つ舞台。秋祭りのお囃子のようなメロディーや、体を動かしたくなるような太鼓のリズム、どこかで聴き馴染みのある華やかで明るい曲が、全体を通して多かったように思う。音楽集団のメンバーも芝居に参加する場面等もあり、楽しい雰囲気をつくっていた。面白い仕掛けや客席からの笑い、芝居や音楽での見せどころもあり、終始楽しいステージにお客様も大満足の様子だった。

 お話、演出、音楽とすべてがオリジナル。すべてが初の試みという事で裏も表も大変な努力があったように思われるが、ステージは、楽しさで満ちていたのがよく伝わってきた。新しい事に挑戦するエネルギーが良い形で本番に繋がり、舞台で表現されていたような気がした。
音楽と個性豊かな出演者の台詞のバランスも難しかったかと思う。欲を言うならば、「山椒半左」の歌声をもう少し聴いてみたかった。

 「呑気布袋」。タイトル通り、最初から最後まで愉快なステージを楽しむ事が出来た。初演、大成功だと思う。次の作品に期待し、待ち望んで帰るお客さんがきっと多かったはずだろう。(私を含め…)
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by tritonmonitor | 2006-11-29 10:03 | TAN's Amici コンサート

ふたりでコンサートⅢ 完売しました

 こんにちは。日曜日の夜から降っている雨がまだやみませんね。

 さて、嬉しいニュースがあります。素敵な大人のカップルへ向けたコンサート「ふたりでコンサートⅢ~オペラの楽しみ~」が昨日、チケットが完売となりました。ホームページのトップページにもそのお知らせを更新しました。

 完売。いい響きですね。この日のTANモニターは齋藤さんと佐々木(コジロウ)さんが立候補されています。佐々木さんのこの秋口にかけたの「歌」への情熱にはかなり期待をしております。よろしくたのみますぞ!

 齋藤さんは「ホールに音が刻まれるとき―第一生命ホールの履歴書」(渡辺和著)の編集をなさっており、先日15日の記念日のコンサートは、多くの思い出とこの新しいホールに対する様々な言葉をおそらくよく知っている方の一人だと思います。

 尾花さんは、ここのところTANのアウトリーチやTANモニターといったサポーターとしてのご活躍をさかんにされており、今後を担っていく方だと思っております。12月のアウトリーチ月間はどうぞよろしくお願いします。12月1日のエクセルシオのレポート、共同でやりましょうか?

 朝山さんは、本業のお忙しさの傍ら、間際にTANモニターをお願いするのにも関わらず、筆も速く、ありがたい方です。

 新規にTANモニターをやってみたい方、どんなことをしているのかを知りたいという方は、遠慮なくご連絡ください。連絡先は、minobin@hotmail.comまで。
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by tritonmonitor | 2006-11-28 12:16 | チャットルーム

11月15日(水):第一生命ホール 5周年の記念日コンサート

【報告:尾花勉/2階C1列1番】

 私はTANと御付き合を始めてまだ一年経たないが、廻りのサポーター諸氏には開館以来という御歴々が多い。その中の一人である某氏とは今夏の終わり頃より随分入魂にして貰っている。第一生命ホールの演奏会後は、今宵の感銘を御銚子の調子に乗りつつ、その某氏を含めた数人と語り合うのが吉例となっている。今日のコンサートを前にした忘日、顰に習い杯を交え乍「私達はサポーターとして、これから何が出来るのか」と云う話になった。普段は目の辺りをはんなり桜色に染め、うんうん、と聞き役に廻ることが多い某氏が「先ず、私達は今度の誕生日コンサートに行くべきです。その場に居る、ということが大切です」と、辞色を新にした。その言葉にはサポーターとして丈ではなく、まるで肉親の御祝事に対する様な暖かい響きが有った。未だその暦年浅い私にも某氏の感情が伝播し、その日が素直に喜ばしく思えた。そうです、是非そうしましょう、と賛同する私に、某氏は嬉しそうな、満足げな面持ちを隠さなかった。

 さて『五周年の誕生日コンサート』は、プレアデス・ストリング・クァルテットとクァルテット・エクセルシオに依るメンデルスゾーンの弦楽オクテットで幕を上げた。この両楽団は始めての共演と云う事らしいが、その様な素振は微塵も無く、逆にそれがほどよい緊張感を生んでいる。特に素晴らしかったのは、ピアノからフォルテというダイナミクスに、目に見える計の減り張りを付けていた所だ。この「演出」が、彼の天才が十代に書き上げたと云う当曲が持つ若若しさを充分引き出した丈でなく、今日という喜ばしい堂内に祝祭的な華やかさを添えているかの様だった。

 休憩を挟み、今宵の真打、長岡純子さんを迎え、プレアデス・ストリング・クァルテットとのシューマンのピアノ・クインテットが演奏された。長岡さんのピアノは楷書的な折り目の正しさの中に、人間的な暖かさが滲んでいる。共演しているプレアデスSQのみならず、聴いている私達をも長岡さんの音楽へ迎え入れて呉れる様な慈愛に溢れている。心静かにその音色に身を委ねていると、遠い日に感じた母の温もりを思い出す……。最後の和音が奏されると、ホール内は何とも言えない一体感に満ちていた。

 終演後、ロビーに出てきた老夫妻が「こんなに優しい気持ちになれたは久しぶりね」と語り合っている姿が美しく映った。

 吉例に倣い某氏と数人で赤提灯へ入り、五周年御目出とうと杯を挙げた。そして何となく気になり鞄の中の『新明解国語辞典』(山田忠雄(主幹)、第六版、2005、三省堂)を引いてみた。


あい【愛】 個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情。


 そう、これこそ今日のコンサートそのものではないか。長岡純子さん、プレアデス・ストリング・クァルテットとクァルテット・エクセルシオ。更にこのコンサートを蔭、日向なく支えたサポーター諸氏、或いはTAN、またホールの職員各位、そして聴衆。その全てがこの「人間本来の暖かな心情」で結ばれていたのだ、と、心からそう思った。

 愛すべき人と愛すべき音楽に育まれる、愛すべき第一生命ホール。本当によかったね、これからももっと大きくなるんだよ。
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by tritonmonitor | 2006-11-28 12:04 | その他特別コンサート等

11月15日(水):第一生命ホール 5周年の記念日コンサート

【報告:齋藤健治/月島在住・編集者/1階14列7番より報告】

 メンデルスゾーン「弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20」第1楽章アレグロ・モデラート・マ・コン・フォーコが,鳴る。1stヴァイオリンの松原勝也さんの音色は,慈しみにあふれ,やさしく,メロディアス。それに寄り添う鈴木理恵子さんはキリっとした美しさをたたえ,西野ゆかさんはていねいに織物を縫っているかのようで,山田百子さんは丹念に一音一音を追究する。支えるヴィオラの川崎和憲さんはどっしりとした軸をつくり,吉田有紀子さんがそれにやわらかく絡む。チェロの山崎伸子さんは愉しげにサウンドを華やかにし,大友肇さんがキッチリと音を締める。こんなゴージャスな舞台は滅多には聴けない。今日は,TANの特別な日なのだ。

 TANが2001年の活動以来つくってきた舞台に幾度も接してきた。その前年にこの町に移り住み,建設途上のトリトンスクウェアを眺めていた。高いタワービルに囲まれたこの丸い建物は,いったい何なんだろうかと。
それがホールであることを知ったのは,幸いなことにオープニング事業に関わることができたからである。それからTANとのおつきあいが始まった。しかし,まだクラシック音楽にはなじめなかった。

 一変したのは,ある舞台からだった。ここに2001年6月20日「試聴会」のプログラムがある。この時,松原勝也さんと若いアーティストによるクァルテットが弾いたのが,バルトーク「ルーマニア民族舞曲」だった。自由奔放にヴァイオリンを鳴らす松原さん。すっかり魅了された。「クラシック音楽とは,こんなに自由でダイナミックなものなのか!」

 この日以後,クラシック音楽を聴くことが愉しくなっていった。ふだんの生活の彩りが一つ増えた。CDも少しずつ買いそろえていった。その中の1枚が,シューマン「ピアノ五重奏曲 変ホ長調 op.44」。

* * *

 本日の第2部が,幸いなことに,このシューマンの曲だった。ひょんなきっかけでTANとかかわり,クラシック音楽に傾倒していき,それから5周年。ステージで今聴きたい曲は何かと聴かれたら,迷わずこれだと答えたであろう中の一曲。それが記念の日のプログラムと重なり合った。なんとも嬉しい偶然の一致である。

 ピアノに向かうは,日比谷の旧ホールにも立ち,この晴海での新ホール・オープニングの舞台をも飾った長岡純子さん。競演するは,松原・鈴木・川崎・山崎氏によるプレアデス・クァルテットだ。

 第1楽章アレグロ・ブリランテの第一声はキッパリとしたフレッシュな音。新鮮な野菜を口に運んでいるかのような快さ。第2楽章イン・モード・ドゥナ・マルチア、ウン・ポーコ・ラメルガンテは主部の戻る際の響きが清楚であり、第3楽章スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェはコクのある激しさ。そして第4楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポで至福の高まりに達する。

 * * *

 1階席は8割ほどの聴衆で埋まり,これだけ多くの人によって記念の日を祝福されたことを,喜ばしく思う。ステージによって観客の入りに変動はもちろんあったことだろう。しかし,5年間,アーティストのサウンド,客の拍手とヴラボーの声に刻まれ,TANとこのホールは育ってきた。その逆に,TANとこのホールも人を育ててきた。そう,一人のヴァイオリニストの音をきっかけにクラシック音楽にひきずりこまれた私のような者を。
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by tritonmonitor | 2006-11-28 11:58 | その他特別コンサート等

2006年11月15日(水):第一生命ホール5周年の記念日コンサート

2FC1-13 佐々木久枝(中央区勤務)

ちょうど5回目の誕生日を迎えた第一生命ホール。この晴れの日にサポーターとして立ち会う事が出来る幸せと誇らしさは言い知れぬものがあります。お客様も今か今かと開場を待ちわびている様子がホール入り口でスタンバイする私達にもよく伝わってきました。晴れやかに、でも少し緊張もしながら・・・・

前半はプレアデスとエクセルシオの2クァルテットの合同演奏によるメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲が演奏されました。
冒頭奏者の珍しい配置にまず驚きました。湧き上がるような第1主題のヴァイオリンとチェロにそれの間を泳ぐような他パートの活発なアンサンブルが繰り広げられ、ピチカートと流すようなコントラストが変ホ→ト→変ホと展開されていきました。リピート2度目のヴァイオリンはすっかり彼らの世界に入っていましたが、部分部分でモーツァルトの2台ピアノの協奏曲を思わせ、展開部から再現部に向けての盛り上がりはメンデルスゾーンらしい半音刻みのクレッシェンドの盛り上がりを見せていて、ちょうど彼のピアノソナタ第1番を思い起こさせました。第2楽章アンダンテではハ短調の憂うような3連符風伴奏に乗って第1ヴァイオリンのソロ旋律部分が特に印象的でした。途中チェロも加わり長調でメロディ展開していく部分は回想部分を思わせるような演奏でした。第3楽章アレグロは全体的に軽やかな曲想で、ト長調に転調して更に舞うようなアンサンブルでした。
アタッカ気味に入った第4楽章プレストでは2グループのかけ合いが活発で、ピアノソナタ第1番のフィナーレを思わせました。全体的に華やかなフィナーレで、第1ヴァイオリンのカデンツァ風パッセージも聴き入りました。

後半ではピアノに長岡純子さんを迎えてシューマンのピアノ五重奏曲が演奏されました。長岡さんはオープニングコンサートでベートーヴェンのピアノ協奏曲を聴いたのですが、躍動感溢れるタッチと歌い回しで、生まれ立てのホールに瑞々しさを注ぎ込んでいました。5年の年月を経て再び弾かれたピアノは一層躍動に満ちて、響きが熟してきたホールを祝福するかのように優しくかつ朗々と響き渡りました。第1楽章アレグロではカーンとした響きと後拍を意識したアンサンブルが聴き手を引き込みましたし、再現部でのチェロとの絡み合いも見事でした。第2楽章での緩やかな葬送行進曲風は重々しさを保ちながらも沈み過ぎないバランスを保っていました。途中最初のトリオではややためらいがちに長調で回想場面を思わせるような歌い口でしたし、続く別のトリオでもド音から下がって特徴のあるリズムを刻みながら進み、第1ヴァイオリンの歯切れ良さはあたかもショパンのピアノ協奏曲第2番中間楽章を思わせ、ビオラの主旋律とピアノが受けていくところも聴きどころでした。更に第1ヴァイオリンのメロディアスな場面はシューマンのピアノ協奏曲中間楽章を思わせました。続く第3楽章スケルツォは急速な上下音スケールでややもすると無味乾燥な練習曲に聴こえかねないのに、長岡さんのカーンとした打鍵と弦との小気味良いかけ合いでグイグイ引き込まれていき、アンコールで再度奏された時も興奮が収まりませんでした(笑)。第4楽章アレグロではピアノと弦との対話が特徴的で、独特のタタターンというリズムに乗って展開していくコーダ部分でも力強いピアノのフーガと弦パートが右から左へと旋律リレーしていく部分で視覚的にも楽しめました。

本番後のささやかなレセプションでも話題に出たのですが、第一生命ホールはお客様・演奏家・スタッフ、そしてサポーターに支えられてこの5年を迎えられたとの話。私達ブランティアスタッフがサポーターと呼ばれるのも、”支える”という面に焦点を当てているからなのでしょう。それぞれ担う役割はさまざまですが、皆何らかの形で一つの演奏会、一つの事業を成すべく取り組んでいるという事を改めて思った次第です。1サポーターとしての原点に還った夜でした。
―また、新たな5年、10年に向かって―
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by tritonmonitor | 2006-11-26 12:25 | その他特別コンサート等

11月の公演も終わり・・・

 お待たせしました。かなりの産みの苦しみでやっとレポートが完成した尾花さん(古典Qの二回目)お疲れ様です。演奏会の模様を書くというのはとても難しい作業だとは思いますが、明日程度流れというか、いきおいも必要なので、そういったことも大切にしてみてください。

 朝山さんは先日の日本音楽集団『呑気布袋』を早速ご報告していただいています。私もリハーサルのみ(それも後半のみ)を拝見していました。それまで、音楽や舞台、美術などがばらばらになっていたものがやっと一体になって姿を現わす・・・。この公演が終わってから思うのは、ジャンルが異なる芸術(芸能)を同じ舞台で見せるのは、大変苦労する点があります。たぶん表現者にとっても、その面白さを伝える立場のものも同じなのかも。

 来月もこの調子で頑張りましょう。来月3日は完売も目前、ふたりでコンサートⅢです。
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by tritonmonitor | 2006-11-22 20:08 | チャットルーム

11月18日14:00公演 日本音楽集団第185回定期演奏会

『呑気布袋』
【報告:朝山勝治/2階C3列5番】


 以前より邦楽器のオーケストラ「日本音楽集団」の演奏には興味があり足を運ぼうと思いつ、中々その機会を得ずにいたが、この度そのチャンスに巡り逢い、やっと伺うことができた。半年ほど前、育児支援コンサートで子供たちに笛や三味線など体験してもらうのをお手伝いさせていただいたことがあり、そのときのアーティストの方々が「日本音楽集団」で、勝手に親近感を持っていたところである。
 今まで拝見していた演奏会の予告(チラシ)は器楽中心のものだったが、今回は舞台作品、しかもかのセルバンテスの「ドン・キホーテ」を大胆に翻案したものという。期待感を持って第一生命ホールへ向かった。

 開演直前のお客様はかなりの入り。そういえば「好評に付き」18:00にもう一公演行われるとのこと。思ってみるとここで舞台作品を体験するのは確か初めてのような気がする。舞台袖への扉は開け放たれ、そこから舞台中央への「橋掛かり」のようにも見え、後方には「揚幕」もある。舞台上に設定された演ずるための「舞台」を中心に、前後左右を所狭しと日本音楽集団と東芝フィルハーモニー合唱団が陣取る。先ほどまで松が描かれた書割りと思っていたものに「序の段 門出」と映し出され、プロジェクターによって映し出されることが判った。これが後々重要な台詞や言葉を映し出すのにも使われ、単なる字幕ではない見事なものだと感心した次第。

 原作でのドン・キホーテが「呑気布袋」、サンチョ・パンサが「山椒半左」と名前もさることながら、それぞれ狂言師の善竹十郎さんとテノールの森一夫さん、さらにドゥルネシア姫にあたる華の精に元宝塚で琵琶奏者として活躍されている上原まりさんと様々なジャンルの方々が配され、さらにはコロス的な役回りもする前述の東芝フィルハーモニー合唱団はアマチュアとは思えないほどの歌い振り&活躍振り。

 有名な風車との対決は洗濯物のサラシ、ドゥルネシア姫と想う女性は華の精で遊女という設定で有名な場面を魅せてくれる。更に楽しませてくれたのは渡し舟の場面。渡し舟に乗る際に七福神を仕立て、その一人ひとりを演者、奏者、合唱から引き抜き、その神々の所以の解説のほか、ここから近しい墨田七福神の鎮座されているところを紹介しつつ、「小さな大川沿い散歩」といった粋な心遣いも面白い。しかも、合唱団から引き抜かれた大黒天は合唱団が、三味線奏者から引き抜かれた恵比寿神は三味線群がというようにそれぞれの紹介の段で伴奏を附け、楽器紹介にも成っているというアウトリーチ的配慮も盛り込まれたのは素敵な場面だった。

 やがて呑気布袋は見えない怪物との闘いに力尽き倒れるが、魂はやがて還るという、賞味二時間ほどの「和楽劇」は幕となった。聞けば作曲された方は一人ではなく3人と伺い、全く違和感なく素晴らしい一体感のある舞台を楽しめたのは言うまでも無い。プログラムを見ると「初演」と書かれている。このような作品が何度も再演されるのを心待ちにして会場を後にした。
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by tritonmonitor | 2006-11-22 20:01 | TAN's Amici コンサート

11月1日:古典四重奏団 ドヴォルザーク弦楽四重奏選集Ⅱ

クァルテット・ウェンズデイ #51

【報告:尾花勉/2階C1列10番】


 第一生命ホールに通い始めて、今日が三回目である。
前回迄は三度とも一階席であったが、今夜は始めて二階席に座った。段々見慣れて来た舞台を自席からふと見下ろすと、椅子丈が四つ、半円形に並んでいる。「そう云えば、何故このカルテットは暗譜で演奏するのだろうか」その様な、今更とも思える疑問が不意に去来してきた。

 稀代の指揮者、S・チェリビダッケは生前「楽譜」に就いて次ぎの様に語った。「楽譜というものは基本的に演奏とは何の関係もない。なぜなら、演奏の現場で始めて何かが生成するのであって、たとえその曲をそれまでに三百回演奏したとしてもその点に変わりはないのだから。(中略)音楽を演奏する上で何より大切な課題は、すべてを忘れてしまうことなのだ。「この先どう音楽が進むかだって? 見当もつかないよ! どう進んでいくか、まあ見てようぜ」というのが正しい」(K・ヴァイラー著/相澤啓一訳『評伝チェリビダッケ』春秋社、1995年、pp、305-306)

 またチェリビダッケは「楽譜とは、どちらに進めば音楽体験に至れるかの方向性を示してくれる単なるドキュメントに過ぎない」とも云っていた。きっと古典四重奏団はチェリビダッケと同じ事を考えたのではないかと思う。楽譜という「記録」から解放され、その都度生まれては消えていく音楽丈に身を委ねる。それを強靭に追求した結果、「暗譜」という手段に行き付いたのか……。
この潔くも、厳しい音楽への姿勢に襟を正し、舞台へ入場して来た四人に拍手を贈った。

 先ず演奏されたのは第14番変イ長調である。
 1楽章は異国から帰郷したドヴォルザークの喜びが溢れ、彼に「お帰りなさい」と言いたくなる程、暖かい空気がホールを包んでいる様だった。二楽章では彼のオペラ『ジャコバン党』の分部を転用している一方、三楽章ではワーグナーを彷彿とさせる和声進行が現れる。演奏によるこの部分の描き別けは見事で、老境に達しようとしているドボルザークがまるで「昔はよかった。今じゃどうだい」と物語っている様に感じてならなかった。終楽章は「でもね、やっぱり田舎がいいんだよ」とドボルザークが自宅の縁側から村の祭礼を眺めている……古典カルテットは、その様な情景をありありと感じさせて呉れた。

 休憩を挟み、ドボルザーク最後の「絶対音楽」である第13番ト長調が演奏された。
 このト長調は、快活な曲想に適するとされ、転じて『少年』のイメージを持つとされている。その様な調性に後押しされてか、私にはドボルザークの「少年時代への回帰」という印象を強く感じた。特に、三楽章に現れる「ホルン5度」の響きに、彼が幼い頃、友人達と日の暮れるのも知らず走り回った森への追慕の様で、又終楽章の明朗な主題や、湧き上がるようなリズムの応酬は老齢にしてドボルザークが沁沁として感じた「若さ」への憧憬があるように思えてならない。古典四重奏団演奏も、首尾一貫して音の響きに細心の注意を払いその様な雰囲気を醸し出していた。

 この作品がドボルザークのエピローグだという余韻を漂わせ乍……。
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by tritonmonitor | 2006-11-22 18:22 | SQWシリーズ

10月7日:古典四重奏団レクチャーコンサート plus#9                       

「ドヴォルザークの魅力」
                              
出演:古典四重奏団  特別出演:佐竹由美(ソプラノ)


 仲秋の名月のお株を奪った空模様も一変し、明ければ雲一つ無い日本晴れである。うららかな陽気の下、晴海のそこかしこで見物衆が群れを成している。何だろうと耳を傾けると、三味線、太鼓、チャンチキが聞きなれた三連譜を刻み、そのリズムの上へ、笛の音が、まるで風に煽られた薄紙の様に高低を繰り返のが聞こえる。おやおや、と思いながら見物衆の輪に加わると、中では「天狗連」と染め抜いた揃いの浴衣を片肌脱ぎにした老若男女が、その囃子に合わせ一心不乱と阿波踊りに興じている。「踊る阿房に見る阿房、同じあほなら踊らにゃ損、損」何となく後ろ髪を引かれる思いでトリトンスクエアへ急いだが、当たり前の様にその調子が耳に憑いて離れない。ちゃんかちゃんか、こんにちわ。ちゃんかちゃんか、先日はどうも。結局、「同じ阿房」を引き摺って会場に神輿を据えた。

 古典四重奏団を聴くのは二回目である。その嚆矢は去る七月「ゆふいん音楽祭」でバッハの『フーガの技法』であった。この時も、チェロの田崎さんが演奏前に彼の大曲を聴くに当ってのレクチャーをされていた。勿論演奏も然る事ながら、その口跡は軽妙にして、然し説得力溢れる話術が、お喋りを職業とする私には頗る興味が有ったし、又その気さくな御人柄に親炙させて頂けるのを楽しみに、モニターを志願させて貰った。

 四人の入場の後、間髪入れずドボルザークのスラブ舞曲第一集の第8番が演奏された。この曲は過去に私も練習したことがあるので馴染み深い。「ようこそ、古典四重奏団です」との田崎氏の開口一番は、噺家が出囃子にのって出てきたそれとそっくりである。四重奏団の面々を紹介の後、本題に入る。「このドボルザークという人は、生前から有名であり、それなりの地位もあった方です。ですから・・・女性やお金、貧困に喘いだ事実がないので、我々としては面白みがない」会場に笑いが起こる。それから専門家としての分析に入る訳だが、憎いほどお客の気持ちを掴む術に長けている。随所に散りばめられた「くすぐり」が聴衆を飽させることなく、寧ろ追い風となって益々その語り口を生き生きさせる。まるで全盛期の林家三平師が口演した『源平盛衰記』にさも似たり、といったら笑われるであろうか。

 プログラムと、田崎さんの「高座」が進んで行く。田崎さんのお喋りという「お囃子」に乗った古典四重奏団の演奏するドボルジャークから聞えてくるチェコ特有のリズムが、石川啄木の詩を、まるで彼の生地、岩手渋民村の訛りで聞いているような気がしてきた。その時、はっと気付いた。これが国民楽派の持つ底力なのだと。

 人は土地に生まれ、その土地に育まれる。その成長過程に於いてその産土独特の「気
質」が知らず知らすに身体の奥底に染み込んでいる。即ちそれは地方特有の民謡であったり、味覚であったりする訳だが、譬えその土地から離れようとも、その「気質」は不変であるし、時と共にそれは「郷愁」のへ変化するのは人情である。ドボルジャークにしてみれば祖国を離れ、遥か「新大陸」へと居を移したことにより、それが一層熟成され、名カルテット12番「アメリカ」と
いう曲に結びついたのだ、という事を、アメリカ土着の作曲家、S フォスターの美しい歌曲を引き合いに出し、音楽をも用いて口講指画と説得する古典四重奏団の「芸」には、正直脱帽であった。

 終演後、田崎さんから「どうも、師匠。御無沙汰いたしました」と声を掛けられた時、私は顔が真っ赤になる思いがした。この人が私と畑を異にした「芸人」であることを心から神様に感謝したことは云う迄もない。
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by tritonmonitor | 2006-11-22 18:17 | レクチャー・セミナー

2006年11月2日(木):ザ・ジェンツ公演~ラヴ・ソングズ~

1F5-31 佐々木久枝(中央区勤務)

前回の正統派楽曲による美しきアンサンブルにすっかり圧倒されましたが、全国各地の公演を経て再び晴海のホールに戻ってきた彼らのもう一つの側面とも呼ぶべき大人のラヴソングのアンサンブルも聴く事が出来ました。
イギリス民謡集ではヴォーン・ウィリアムズ編曲による「リンデンの草原」や「きじばと」から始まり、グリークラブを思わせる強弱のメリハリや、r音の醸し出す素朴さと哀愁が魅力的でした。「彼女は縁日を通り抜けた」「マリー・マローン」ではたゆたうような哀愁やコーラス/ユニゾンを織り交ぜた歌唱、時に雅楽を思わせる高音パートのオブリガードが存分に披露されました。付点風のフレーズが印象的な「ロンドンデリー」は転調して指揮者自らがソロパートを歌いましたが、低音部メロディと高音部オブリガードとも相まって大人の歌唱を聴かせてくれました。ポップスを思わせるハミングや降り注ぐようなソロはメリハリを伴って展開し、後奏部分の和音がクレッシェンドしていくところは圧巻でした。

ヴェルレーヌのテクストに同郷オーステンによる「ジーグを踊ろう」は目の前で本当に踊っているかのような躍動感が感じられ、「白い月」「秋の歌」は静やかに思いを巡らせる様子が特にベースパートが中心となって歌っていました。「女と雌猫」はしゃなりしゃなりと歩くようで、ラストのたたみかけるような低音パートの積み重なりに雌猫を思わせる高音の”忍び足”が巧みでした。ドップラー効果を狙うような中声部がマルタンのミサ「サンクトゥス」を思い起こさせました。

続く北欧曲プログラムではベースから始まり静かに重なっていく声が哀愁をそそるもので、物思いにふける秋にふさわしい選曲だなと感じました。「海の夜明け」では和音のかたまりからベースが浮かび、続いてテナーが強弱を帯びて浮かび、高音部の和音が明け行く海の様子を効果的に描いていました。激しい中声部分を軸として力強いグリークラブ風かつオペラティックな動きに魅せられました。夜のしじまへいざなうような静かで密やかな歌い口(クーラ:夕べに)、ベースの半音刻みに下がるメロディがやや微妙(同:夕べの情趣)でしたが、続くマンテュヤルヴィ「子供の声」では低音和音に乗ってベースソロの艶やかな高音ビブラートがオブリガードを引き立てていましたし、音域の幅広さには何故か「島へ」を思い起こさせました。

後半は日本ゆかりのプログラムから。英語テクストによる武満作品では水面が広がるようなめくりめく声の輪、木魚を思わせる間奏部分(坊主三人)、全体的に静かで思い出を醸し出すような響き(露の餞)を楽しみました。続いて更にお馴染みの(笑)演歌4曲。ツアー地にちなんだ「琵琶湖周航の歌」では2コーラス目でベース→アルト→ベースのメロディ受け渡しも巧みで、他パートも後出し伴奏が絶妙でした。「みだれ髪」はこぶしの効いたアルトソロがコラール風に歌い、ベースとテナーが後奏のメロディパートを交互に歌って、改めてアレンジの巧みさを披露してくれました。「函館の女」ではボイスパーカッションが登場し、和音アレンジも素晴らしかったです。高音3パートとベースのメロディラインとの組み合わせは新鮮な印象を受けました。続いて前回アンコールでも聴かれた「舟歌」。筆者も偶然前回控え室でのリハーサルを耳にしましたが、その日の本番もさる事ながら、当夜の歌唱では更にボイスパーカッションと効果音(波)がますます冴え渡っていました。さすがです!!

締めくくりのステージは当夜のテーマ「ラヴ・ソング」ビリー・ジョエルやビートルズ、ライオネル・リッチーのほっと温かくなるようなナンバーが次々と歌われていきました。冒頭の「素顔のままで」ではその語りかけるようなソロに思わずほろりときてしまいました・・・・指揮者のみならず、いずれのソロも素晴らしい出来映えです。「恋に落ちたら」ではラストの和音がまるでグレゴリオ聖歌のように清楚な響きでした。
アンコールでは「ララバイ」や「ミシェル」、ピーター・ナイトのナンバーが披露され、上質な大人の恋歌を堪能出来ました。熱烈なオベーションでしたが、欲を申せばもう少し余韻も味わいたかったところです。
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by tritonmonitor | 2006-11-20 01:53 | TAN's Amici コンサート