NPOトリトン・アーツ・ネットワークの活動レポートです。詳細はhttp://www.triton-arts.net
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630コンサート~充電の1時間~横山幸雄&矢部達哉

2月4日(木)18:30開演

【報告:N.K/中央区勤務/2階C3列9番】

18:25、何とか会場に辿り着いた。

TANの提供する630コンサートは我々サラリーマンには有り難い。平日に演奏が聴ける機会などほぼ皆無な、芸術とは程遠い生活を送る私にはとても楽しみなコンサートだ。


とはいえ、万事が万事幸せという程甘くも無い。何せ18:30開演だ。この日は朝から張りに張り切って仕事に取り組んで、何とか時間を作ることができた。

ヘトヘトな状態でギリギリの時刻に会場に辿り着く。客席はやはり人でいっぱいだった。知名度の高い二人だけあって、聴衆の活気も違った。

1曲目はモーツァルトのソナタ。仕事で疲れた私の脳にこれほどの癒しは無い、そんな素敵な空気に包まれた演奏だった。矢部さんの華麗なテクニックに包まれた演奏にうっとりしながら、ゆったりと時間だけが過ぎていく。何も考えずに、贅沢な音色が頭を通り過ぎていく、そんな幸せを味わった。

2曲目、ベートーヴェン。モーツァルトで徐々に頭が音楽仕様に切り替わり、曲の面白さがだんだん感じられるようになった。また面白さを分からせてくれる演奏でもあったと思う。特に終楽章は、私が好きなせいもあるかもしれないが、飽きさせない展開の仕方・弾き回しで、時にハラハラさせるような場面があるなど聴いていて非常に面白かった。充実した構成を魅せる横山さんのピアノは流石だと思った。

3曲目、すぐにショパンが始まる。ふと疑問に思ったのは、何故彼らはすぐに演奏に入れるのか、という事だ。それに比べ仕事に浸かり切った私の頭は、ちょうどモーツァルト1曲分でようやくクラシックを聴く態度に切り替わることができたのに、彼らはそれを瞬時にやってしまう。ベートーヴェンかと思ったらショパン、トークかと思ったら演奏。マイクを置くや否やたちまち音が流れていく。いやはや、プロの集中力は恐れ入る、と独りで静かに感嘆しながらショパンを聴いた。歯切れの良いピアノの音はもはや癒しでは無く、聴衆の鼓動を高めてくれる存在だった。

そして、クライスラー。
優しい空気と快活な空気、対照的な二曲が不思議と意味を成し、緩-急の移り変わりを楽しませてくれた。コンサートは終わりへと向かい、少し名残惜しい気持ちが沸き出た。時間に直せばわずか1時間(+α)。名残惜しさは当然か。

しかしながら1時間(とちょっと)とは思えない充実した内容。それでいてコンパクトにまとめられていて、平日ならではの音楽の楽しみ方を発見できたと思う。

そして、「充電」の意味は翌日知る事となる。お酒や煙草等々のリフレッシュ方法とは違い、身体に堪えることの無い音楽による「充電」は最高の気分転換だった。翌日は仕事もスムーズにいき、こうしたメンタル・ケアの重要性を感じた。

社会人にとってオン・オフのバランスは不可欠。仕事に負担を感じているのなら、皆さんも是非一度第一生命ホールを訪ねてみてはいかがでしょうか。きっと素敵な時間が待っているはずです。
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# by tritonmonitor | 2010-02-28 22:36 | ライフサイクルコンサート

2月6日(土)クァルテット・エクセルシオ ≪20世紀・日本と世界Ⅲ≫

2010年2月6日(土)18:00
【報告:土田大志/神奈川県在住/1階14列14番】



風が強いと地球は誰かの凧のようだ…ふと谷川俊太郎のソネットを口ずさみたくなる、立春を迎えたばかりの北風の吹く夕暮れでした。
トリトンスクエアは外の慌ただしさとうってかわって穏やかで暖かく、たどり着いたとたん、ほっ、と一息。プログラムに軽く目を通したところでベルが鳴って。さて、演奏会の始まりです。

少し風変わりなグレーの衣装をまとった4人が登場。統一感はありますがひとりひとりデザインが違います。静かに楽器を構えると、高い音からゆっくりと、音楽が地上に降りてくる。低いところでエネルギーをためてひときわ弦を大きく鳴らすと、ふたたび天空へ響きを投げ返す。
シュニトケの弦楽四重奏第2番。自動車事故で亡くなった友人への悲歌だそうです。古代ロシアの讃美歌を用いた深い悲しみの中、地上から天上へと語りかけるような曲でした。冷たく広大な第2番の世界観に引き込まれてきたところで、続いてシュニトケの第3番。
ん?これはどこかで聴いたことのある響き。そうかと思うと、ふっとその音楽が溶けて、また現代の響きに戻る。そしてまた別の、耳馴染みの良い音。
第3番はルネサンスの音楽やベートーヴェンのフーガを引用しているそうで、それらがモザイクのように散りばめられているのです。しかしその繋ぎ目は全く見事に溶融されていて、完全に一体化している。楽章をまたいで共通の主題が何度も登場するのですが、それがなんとも静かな感動を生む。
シュニトケは、過去の音楽に深い敬愛を抱いていたのでしょう。そして自分の愛するフレーズを溶融し、現代の書法で自分の音楽にした。
クァルテット・エクセルシオはそうした一つ一つのフレーズの持つキャラクタを存分に表現しながら、見事に一つの音楽としてつくりあげてくれました。

休憩をはさんで、後半は西村朗の2作品。
シュニトケがそれまでの西洋音楽を模倣したことに対し、西村作品は過去の西洋音楽へ挑戦をしているように感じました。
弦楽四重奏のためのヘテロフォニーでは、まず音階という概念を破壊。四つの楽器が一つの音に集まったかと思うと、ポルタメントで大きくうねりながら乖離し、またひとつになる。4本の音の曲線が、奔放に空中を動きまわる。
「光の波」では、断片的なパルスが少しずつ集合して、一つの方向性をもち、また冒頭へ回帰する。円環構造。連続的な旋律という概念からの離脱。シュニトケの詩的な作風に対し、西村作品は精緻な彫刻を観ているような感覚に陥りました。

西洋の楽器を使いながらも、笙や篳篥、尺八、ホーミーを思わせる響きあり、ケチャをヒントにしたというリズムホケットあり。何処となく東洋の香りが漂います。ケチャの部分では4人が一つの打楽器のような、不思議な一体感がありました。
このあたりでようやく小さな違和感に気付いたのですが、このクァルテットは誰かが過剰に合図を出して他のメンバーがそれに追従する、といったことがありません。
これ程の難曲であれば、たいていは大きく合図を出さないと不安になるものですが、彼らは必要以上にお互いを威嚇することなく、それぞれがきちんと主張してアンサンブルが乱れないのです。長年常設の四重奏団として活動してきたからなのでしょうが、個人的には非常に驚きました。

演奏会が終わって会場を出ると、外はもう真っ暗。ビルの明かりがきれいです。風はまだ強かったのに、来た時よりもずいぶん暖かな気持ちで帰路につくことができました。
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# by tritonmonitor | 2010-02-22 12:52 | SQWシリーズ

1月26日(火) 西村朗×クァルテット・エクセルシオ レクチャーコンサート

2010年1月26日(火)19:00
芝浦工業大学豊洲キャンパス テクノプラザ
【報告:S.K/TANサポーター/座席自由】

大学の一講義室での、「N響アワー」の司会をされている西村朗氏と、年間80公演を行うという日本で数少ない常設の弦楽四重奏団クァルテット・エクセルシオによる『実演を交えながらおくる作曲家自身による作品解説』。今は亡き大作曲家たちの作品もこのような作曲家自身によるレクチャーコンサートで心底聞きたいと思った充実した時間でした。

◆前半:「弦楽四重奏のためのヘテロフォニー」(1975~87)
この曲は、西村氏が芸大学生時代の試験や毎日音楽コンクールを経て、エリザベート国際音楽コンクールで大賞を受賞した後も手直しし出版された第1番にあたる弦楽四重奏曲で、ヘテロとは別称で異質なものだそうである。西洋音楽のホモフォニー、ポリフォニーにないもの、ベートーヴェン、バルトーク、ラヴェルの完璧な弦楽四重奏曲にないものを探しヘテロフォニーとし、雅楽の音がずれている、ぶつかっている、調弦が合ってないにも関わらずそれに違和感を持っていない日本人の音楽性がこの曲に取り入られたようだ。

頭の音は落ち着きのあるAの音でなくB♭を、チェロが1番高い開放弦の更にオクターヴ高い音の半音上という位置から鳴らし始める。その1点から出たものから四者四様にうねってまた集まってくる。この異質なものの中にも一元的な流れが存在していて常に流動的である。24音技法で弦楽器の可能性を見込んで4分の1音指定の音まであり、楽譜からは演奏可能だけれど書き取ることが困難な曲を作った。秩序と破壊の繰り返しの後、最後は草の笛、竹の葉のすれる音のような1stヴァイオリンのメロディー、それはヴィブラートをかけて弾くと綺麗なメロディーなのに敢えてなしの指示があり枯れた感じを出して終わる。

◆後半:弦楽四重奏曲第2番「光の波」(1992)
この曲は西村氏がインドネシアのkecakケチャという、数人で全く違うリズムを打っているのに傍には一人が連続したリズムを打っているように聞こえるという、パルスの合同制作から作った曲だそうだ。パルスとはあふれ出るようなリズムのことである。とても超絶技巧の曲でなかなか最後まで崩れないで演奏出来るクァルテットはいないと言っていた。西村氏の曲でよく取り上げられている曲に「6人の打楽器奏者のためのケチャ(1979)」があり、最初にそちらをCDで聞かせていただいてケチャの仕組みを教えてもらった。

第2番は2楽章形式で成り立っており、曲の最後にあたる第2楽章の終わりと第1楽章が重なるように作られている。それは音が上に昇って行くのと下がって行くことで表されていた。第1楽章はこれから出現するものの予兆で、第2楽章で4者が次々に短い音を出し始めて、それは光が飛び交うような光景を表している。hocetホケというしゃっくりしたようなリズムも出てくる。クライマックスに向けて速いテンポで突き刺すようなパルスの連続。東アジアのアレグロ。


今回始まる前は現代曲でどんなに聴くのが難解な曲なのかと想像しましたが、西村氏のテンポの良いユニークな解説と、アジアの音楽に端を発したと言われたからなのか、演奏を聴いてみるとヘテロフォニーの方は不思議な響きも美しく感じましたし、第2番は4人の演奏者のリズムのやり取りにこちらも目も耳も集中して聴くことが出来、入り込んでしまいました。終了後に質問の時間が取られた時も、全くの音楽初心者だという方々が次々に西村氏に質問をしていたことが、私と同じくこの時間虜になった方がたくさんいたということだと思いました。今回の2曲とシュニトケの作品でプログラムを組まれたエクセルシオの皆さんの演奏会も楽しみですし、西村氏は弦楽四重奏曲を第4番まで出版されているということでしたので、第3番、第4番についてもまた実演を交えたレクチャーコンサートをして頂きたいと思いました。
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# by tritonmonitor | 2010-02-01 18:23 | レクチャー・セミナー

1月23日(土)モーツァルトのニューイヤー“協奏曲の午後”

モーツァルトのニューイヤー2010——協奏曲(コンチェルト)の午後——

2010年1月23日(土)14:00開演
【報告:齋藤健治/編集者・月島在住/2階R3列43番】

 9割方は埋め尽くされた観客席から,曲が終わるたびに熱のこもった拍手が送られる——本日はTAN主催では初めて行ったガラコンサートであったが,その試みはおおむね好評を得たと言えるのではないだろうか。

 ※ ※ ※ 

 N響メンバーによる室内オーケストラ(コンサートマスター:山口裕之さん)と,日本を代表するソリストとの競演。演奏される曲はすべてモーツァルト。そして年末年始の慌ただしさが一段落した土曜日の午後のコンサート。なんともゆったりとした時間が流れる中,セーターなどの普段着姿の観客が数多く見られた。20代とおぼしき若者から年配の方まで,年齢層も幅広い。
 プログラムの1曲目は,ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」。ヴァイオリンは川久保賜紀さん。音の流れに安心して身を委ねておける,心地よい快演。そして音に華やかさが感じられる。
 2曲目は,フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299(297c)。吉野直子さんのきらびやかでもあり奥行きのあるハープの表現力に,小山裕幾さんのフルートがからむ。小山さんは台頭著しい若手アーティスト。体全体でリズムをとるその姿は一瞬ポップスやロックのミュージシャンを思わせるが,ベテランの吉野さんに一歩もひけをとらない堂々たる演奏。スピード感のあるサウンドだ。
 休憩をはさみ最後の3曲目は,クラリネット協奏曲イ長調K.622。赤坂達三さんのクラリネットは,あたかも一流の調理人が素材のもつ良さをそのまま引き出しているかのような,極めてピュアな音づくりだった。
 一方のN響室内オーケストラは,特に中低音がとても魅力的である。横綱相撲とでも言えようか,きわめて安定感に満ちあふれている。

 ※ ※ ※

 このように,プログラム自体は極めて良質で楽しめるものではあったが,それでも多少の違和感がぬぐえなかった点もある。
 なぜなら,TANの主催コンサートといえば,SQWのような弦楽四重奏のイメージが強く,また,積極的に新進気鋭のアーティストを紹介している印象もあるからである。それがこのホールのオリジナリティであり,たとえ少数ながらも室内楽の熱心な観客をつかんできたのではないだろうか。
 そのイメージがある中で,なぜ小編成ながらもオーケストラなのか,なぜビッグネームのアーティストによるプログラムなのか,また,なぜ他の作曲家ではなくモーツァルトなのか——,残念ながら,こうした疑問を解消してくれる情報は手に入らなかった。
 それでも,新しい試みは絶えず行われるべきではないだろうか。前例踏襲は衰退を生む。
 新春に,「この第一生命ホールでしか聴くことのできない」ガラコンサートを,来年は期待して,やまない。初めての主催ガラコンサートにもかかわらず,多数の観客動員を果たしたのだから。
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# by tritonmonitor | 2010-01-29 19:24 | その他特別コンサート等

12/23(水・祝)クリスマスコンサート2009

2009年12月23日(水・祝)17:00開演
【報告:S.K/千葉県在住/1階C2扉13列32番】

 本年度の第一生命ホールでのクリスマスコンサートは「アドヴェント弦楽合奏団」によるものでした。この合奏団のメンバーは、音大在学生や卒業生を中心とした20人程の若いメンバー。プログラムによると、今日のコンサートの為に、ベテラン講師陣の指導のもと9日間もの特訓を受けてきたとのこと!このエピソードを見た時に、勝手ながら講師陣が厳しい様子で指導している練習風景を想像してしまい、妙に親しみが湧いてきたのを憶えています。

 コンサート開演の合図と共に、街のイルミネーションに負けない、色とりどりの華やかな衣装を纏った演奏者らが舞台に登場。この視覚的にも楽しい演出で、ひょっとしたら演奏が始まる前から早くもクリスマス気分になってしまった方もいらっしゃったのではないでしょうか。演奏は、モーツァルト:ディヴェルティメント変ロ長調 K.137(125b)で軽快にスタートしました。これに続く曲は、そのコンサートのタイトルにふさわしく「パッヘルベル:カノンニ長調」、「J.S.バッハ:エア~管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068より」、「J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ」と、定番とも言えるクリスマス曲がずらり。彼女らは、有名曲を演奏するというプレッシャーにもかかわらず、透明感のある優しい音色で我々を楽しませてくれました。クラシックコンサートの楽しみの1つに、コンサートホールならではの音響を楽しむことがあると思いますが、特にこの3曲は心地良い音圧の響きを醸し出しており、曲を聴くというよりも空間を楽しむという感覚でした。周囲を見渡しお客さんの様子を見ると、ゆったりとした曲に合わせて静かに頷くようにリズムを取っている方が見受けられるなど、全体的にリラックスした様子でした。

 続いて、メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第10番ロ短調、ヴォルフ:セレナード ト長調、チャイコフスキー:「フィレンツェの思い出」 ニ短調の3曲が演奏されました。単純な感想ではありますが、「弦楽器はこれほど大きな音が出て、多彩な表現ができるのか!」と感じるくらい、演奏は力強く、生命力に溢れていました。私にとってこの3曲は初めて聴く曲でしたが、アドヴェント弦楽合奏団の生演奏を通して知ることができたのは幸運だったと思います。周囲のお客さん方に目をやると、演奏者達の気迫が伝わってきた為でしょうか?一瞬たりとも気を緩めてなるものかとばかり、舞台一点に集中力を注いでいる様子でした。

 コンサート全体を通しての印象は、クリスマスというコンセプトに軸をおきながらも、有名な曲もあればあまり有名でない曲もあり、20人余りの大編成の曲もあれば四重奏もあり、激しい曲もあれば安らぎを感じる曲もありと、バリエーションに富んだ素敵なコンサートだったと思います。クラシック初心者の方もベテランの方も、皆が楽しめたのではないでしょうか
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# by tritonmonitor | 2010-01-04 18:01 | アドヴェント&クリスマス

2009年12月23日(水・祝)子どものためのクリスマスコンサート

2009年12月23日(火・祝)10時30分開演
【報告:的場康子/会社員/2階C1列5番】

 「子どものためのクリスマスコンサート」、小学生の娘と一緒に聴かせていただきました。ホール入口のロビーでいただいたプログラムは、小学生でもわかるように、ふりがな付きのものでした。座席に着くと早速、娘もプログラムを熱心に読んでいました。

①モーツァルト:ディヴェルティメント変ロ長調k.137(125b)
 コンサート開始の合図とともに、照明が暗くなったと思ったら、ステージには、次々とカラフルで華やかな衣装を着た演奏者が続々と登場してきました。演奏だけでなく、視覚的にも華やかなステージは、クリスマスのイメージにピッタリでした。3楽章までの全曲演奏でしたが、楽章の途中で拍手が全く聞こえてきませんでした。「子どものため」のコンサートとしては、びっくりです。

楽器の紹介
 ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの順で楽器の紹介を兼ねて、子どもたちがよく知っている曲を少しずつ演奏してくださいました。特に、ヴィオラで「崖の上のポニョ」が演奏されたときには、客席から子どもたちの歌声も聞こえ、ホール全体がほのぼのとした雰囲気に包まれました。

②パッヘルベル:カノン ニ長調
③J.S.バッハ:エア~管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068より
④J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
 この3曲の時には、特別に、子どもたちが20人くらいステージに上がって、演奏者の後ろで聴けるという企画が用意されていました。④の演奏後、松原勝也氏が「座席とステージ上で聴くのと、どう違う?」と子どもたち一人ひとりにたずねたら、「(ステージ上の方が)音が大きい、振動が聞こえた」「座席よりもきれいに響いていた」「楽器の音が揃っていてすごかった」「よく音色が聞こえてよかった」「いろいろな音が出てよかった」「コントラバスの音の振動で足が震えた」等、みんなうれしそうに元気よく答えていました。

⑤チャイコフスキー:「フィレンツェの思い出」ニ短調 op.70(弦楽合奏版)より第4楽章
 最後のこの曲は、アドヴェント弦楽合奏団とともに、松原勝也氏、鈴木理恵子氏、川崎和憲氏、市坪俊彦氏、山崎伸子氏も一緒に演奏しました。1時間とはいえ、コンサートも終盤で、子どもたちの集中力が少々落ちる頃にもかかわらず、圧倒されるエネルギッシュな演奏に、一緒に聞いていた娘も、音の強弱、速さの違い、そして「やさしさ」に感動したようで、「素敵な曲だったね」と喜んでいました。

 アンコールの「きよしこの夜」のときには、ステージ上のスクリーンにクリスマスツリーが映し出され、クリスマスの雰囲気をしみじみと感じさせてくれました。終演後、エレベータで降りているとき、「癒されたね」というお母さん同士の喜びの会話が聞こえてきたのも、この演奏と演出の効果からかもしれません。
子どもの心にストレートに響く本物の演奏。演奏者の近くで聴ける貴重な体験。親子で一緒に過ごす素敵な時間。きっと、多くの子どもたちにとってこのコンサートは、「クリスマスプレゼント」として心に残るコンサートだったと思います。
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# by tritonmonitor | 2009-12-25 18:35 | その他特別コンサート等

ふたりでコンサートⅥ~オペラの楽しみ~


11月29日(日) 15:00開演
【報告:諸我将/千葉県在住/1階17列31番】

 客席はほぼ満員のようでした。遅れてきたお客さんがちらほらいましたが、丁寧に声をかけてもらい、案内してもらっていて笑顔でした。
 お客さんの中にはやはり詳しい人、好きな人、マニアックな人が相当数含まれていたようで、開演前後や休憩中の雑談に聞き耳を立てていると、テクニカルな話や業界の内輪話に加え、前と比べて云々という話が耳に留まりました。また、別々に来ているお客さん同士が知り合い、ということも多かったらしく、「あらあお久しぶり」の声もちらほら。
 二階席のお客さんは分かりませんが、ホールの規模が「最後列にいてもぎりぎり出演者と親しく話す感じになれる」というものだったので、ちょっと広めのサロンというか、そういう雰囲気で楽しめました。出演者、とりわけ三浦克次さんの話し方にもそれが表れており、友人と話すような、親しげな雰囲気がありました。お客さんもそうした気持ちなのか、拍手やMCへのリアクションには、よく知っている人に対する親近感があったように感じられました。リピーターが多いのでしょうか。ただしそれによって一見の客が阻害されたような感じはなかったので(MCも内輪ネタにならないよう気を配ってあったようで)、いい意味での親近感なのだと思います。
 三浦克次さんと中鉢聡さんはいずれもMCの喋りが達者で、お客さんにもウケていたようです。男性はこういう場で声をあげて笑うことはあまりないので笑い声は女性が中心でしたが、一部の「何にでもけたたましく笑うおばさん軍団」だけが笑うのではなく、色々な場所から笑い声が漏れました。三浦さんと中鉢さんはイケメンなので女性が特に好意的なようでしたが、男性も笑顔でした。
 とりわけ三浦さんのMCは「ユーモアもあるがあくまで上品な紳士」というキャラクターを完璧にこなしていて、「おっさん」ではない「おじさま」という人種を久しぶりに見たという感じです。いかにも面白いことを言っているという押し付けがましさがなく、面白いことを言うぞ、という気負いもなく、調子に乗ったり、逆に卑屈になったりもしない、見事に抑制のきいた話し方で凄かったです。あれを嫌いという人はまずいないのでは。いや個人的な感想ですが。
 歌詞を舞台上部に映し出すのは、見た限りでは好評だった模様。後列からだと歌詞と歌い手の位置が離れすぎてしまいちょっと視線が移動しすぎるきらいがあるのですが、どちらにしろ歌詞と歌い手に同時に集中することはできないので仕方がないのかも。文字はよく見えました。
 演奏については良し悪しを云々する能力がないのですが、聴いて「やはりプロだなあ」と頷かされる良さでした。曲の中では、第一部は(長いせいもあってか)〈人知れぬ涙〉、第二部は〈雨のロンド〉に若干大きな拍手が送られていたようです。〈雨のロンド〉の演出も皆笑っていました。〈四季の歌〉の中でポピュラーな歌が出てくると、ノッているお客さんがあちらこちらでゆらゆら動くのが見られました。個人的な感想ですが真横(しかも向こう側)を向いてもまったく声の響きが変わらない野田ヒロ子さんが凄かったです。
 個人的にどうしても照明に目がいってしまうのですが、エフェクトマシンとかを舞台上にゴロゴロ直置きしてしても、他にピアノしかない舞台なら特に違和感ないのだなあ、と分かりました。歌い手が動いていないのにピンスポが揺れるのは気になりましたが。
 終演後のお客さんの話も盗み聞きしていましたが、「よかった」という声がけっこう聞こえました。表情を見てもみな笑顔で、評判はいいのではないでしょうか。
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# by tritonmonitor | 2009-12-14 18:40 | ライフサイクルコンサート

クラシックはじめのいっぽvol.17 ヴァイオリン&ピアノ~安永徹&市野あゆみ~

10月22日(木)11:30開演
【報告:斎藤直美/月島在住 1階14列18番】

 「はじめのいっぽ」のシリーズのいいところは、「1時間と短い」「お手頃価格」そして、「演奏家の生の演奏だけでなくお話付き」だと思います。
 今回もそうでした。「プログラムの補足を……」とお話が始まりました。
 「ピアノとヴァイオリンとの会話を楽しんでほしい」このお話がとても印象に残りました。
その当たり前なことを意外と忘れて聴いているかも……
 「知らない曲だから楽しめない」とか「クラシックって難しそう」とか、そういったことではなく、初めて聴く曲でもそうではなくても、「楽器同士の会話」を追いかけていれば心地よいんだなと、この日、再認識しました。
 例えば、最初のブラームスでは、ブラームスがクララを思い出して……というエピソードがありました。
こういったエピソードは、ブラームスって多いかも……と、心の中でクスクス笑いながら聴いているだけで楽しい。
 あのお話の場面は、この楽章のどのあたりだろうと考えているのも面白い。
 この曲を知らなかったことを忘れていたくらい、エピソードを思い出しながら楽しんでいました。
 後半は小曲がずらり、だけれど超有名曲というわけでもないのに楽しめてしまったのは、演奏にプラスしてお話があったからこそ。
 エルガーに「愛の挨拶」以外でこんな素敵な作品があるんだなとか、ピアソラやチャップリンまで聴けちゃうんだとか、そんな風に気軽に聴いちゃっていいコンサートがあることがうれしいと感じたひと時でした。

 この日の会場は、穏やかな雰囲気。演奏家さんのファンの方と、このシリーズのお客様がちょうどいいかんじで混じり合っているなぁと感じました。例えば、私がモニターのためのメモをとっていたときに鉛筆を落としてしまい、曲と曲の間に拾う時も、周りの方達はおだやかでキリキリとしていない。こういったことからも、この日の演奏会の印象がどんどん良くなるものなんだなと、今、思い出しています。

 そしてこのシリーズのもうひとつのいいところは、「託児サービス」があることです。
 演奏会のお値段より少しお高めではあっても、小さな赤ちゃんと一緒にホールへ行くことができて、その場で預かっていただけて、終わったらすぐにお迎えに行けるから慌てなくてもいいのがありがたい。
 演奏会へ行きたいなと思っている私には、とてもうれしいことなのです。有料であっても、こういったサービスがあることは、知られてもよいのになぁと思います。
 小さな赤ちゃんでも、自分のためにホールの方が親切にしてくれていることは、案外わかっていると思うし、そういう体験をさせてあげられることができてよかったなと改めて感じました。
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# by tritonmonitor | 2009-11-02 10:59 | ライフサイクルコンサート

クラシックはじめのいっぽvol.15 バリトン~宮本益光~

7月30日(木)11:30開演
【報告:荒木紀子/中央区在勤 2階L1列3番】

夏休み真っ盛りの中、7月の「はじめのいっぽ」は夏休みにふさわしく、親子向けに、誰にでもなじみのある曲の数々を聴ける演奏会だと期待して会場に向かった。


◆宮本益光と音楽の原点
最初の挨拶から軽やかな歌声を響かせたのは、さすがバリトン歌手、宮本益光。スタンダードな曲名が並ぶプログラムの一曲目は、音楽の授業ではおなじみの「浜辺の歌」。舞台上の力強い空気が観客席の後ろまで押し寄せる。

宮本は、音楽の道に進むことになった原点が教員になりたかったこと、また数々の小中学校へ授業をしに行ったエピソードも紹介した。そのエピソードはどんどんふくらみ、観客を宮本ワールドへ誘う。

話は林古渓の詞の変遷や正しい発声方法、詞の表現方法にまで及び、しまいには観客全員が一緒に発声練習を始め、すっかり宮本ワールド、いや宮本先生の音楽室に紛れ込んでしまったかのようだ。

二曲目は本日のピアニスト、加藤昌則が作曲した「さくらつぼみ」。
宮本はしっかりと安定した歌声と軽やかなトークで、一曲ずつ歌の背景を紹介していく。たえず観客の笑いのつぼを心得、舞台にひきこませることを忘れない、正真正銘のエンターテイナーなのだ。

三曲目は童謡でおなじみの「ぞうさん」。
しかし、この曲も宮本の手にかかると、単に子どもの歌というだけにとどまらない。小学校で子どもによく問いかけられた「どうやったら上手く歌えるの?」という質問への答えを通して、歌の世界へのアプローチ方法を教えてくれる。

「ぞうさん」の歌詞は誰が、どうやって言っているのか、その情景を思い浮かべると、1フレーズごとの歌詞の歌い方も劇的に変わってくる。それを観客全員一緒に歌い、実演までしてしまったのだ。これには誰でも眼からウロコだ。

宮本が音楽を通してつながることできたのは子どもばかりではない。子どもを通し、その両親に触れ合うことも増えたのだそうだ。そんな親への想いをこめて自作したのが「パパとママのうた」。大人のための子守唄のようなやさしいメロディーと詞の世界が広がる。

そして、再び加藤の曲「あくびの唄」。
ここで宮本が正しい歌い方の第二弾を伝授。「あくびをする時、発声をする上で理想的なのどの開き方をしている」とはよく言われるが、この曲はその発声方法を実演するために作られた曲なのだ。

観客全員、ためらう間もなく発声練習に突入。またもや会場こぞっての大コーラスとなった。


◆新曲誕生の現場を目撃!
宮本先生仕込みの発声練習を終えると、今度は宮本がこっそり企画した、プログラムにはない余興が始まった。そう遠くない将来に、大作曲家と名を連ねるはずの加藤氏に、即興で作曲をしてもらおうというものだった。

宮本が会場からの要望をまとめて、「ミ・ファ・ラの3つの音をモチーフにして作曲をするように」とお題を出すと、加藤の指が新しい音を探り出すように、鍵盤の上を滑り出した。

会場内が固唾を呑む中、まるで魔術師のように、美しく、物悲しく、そして楽しいメロディーが、ゆっくりと助走をつけながら紡ぎだされていく。曲を変調させながら、JAZZのようなアレンジと即興性で味付けされ、今生まれたばかりのメロディーは次第に熱と力を帯びて、感極まったところで見事な独奏は終わった。

それは、観客全員が音楽の誕生するまさにその瞬間を目撃した、甘美で不思議な体験だった。


◆トリトン・オペラ劇場~子守唄
コンサートの後半、宮本の歌声はさらに豊かにホールに響き渡る。ホールの後ろから登場した宮本は、自作(?)の鳥刺しカチューシャを頭に飾り、モーツァルトの歌劇「魔笛」から「オイラは鳥刺し」のアリアを歌い出す。
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前半までの音楽の先生がガラッと変わってバリトン歌手兼演者に変身する。尻軽男(!)のパパゲーノを軽やかな動きと伸びやかな声で演じ、時代を超えてどの男性も内面に持つ願望を素直に、愛嬌溢れる形で歌い上げた。

宮本は、自身の思い出話や冗談を交えながら、音楽が家庭に溢れていることの必要さ、大切さを語った。子どもが一番最初に聴く音楽、それは子守唄なのだ。   

山本正美の「ねむの木の子守唄」、「シューベルトの子守唄」、どちらも子どもを優しく包み込み、子守唄を聴く子どもは、その心地よくやわらかい音楽の腕の中に抱きかかえられるかのようだ。子守唄の優しい旋律は、時代も洋の東西も問わない。女性ではなく、男性が歌う子守唄というのも新鮮だった。

ゆっくりとまどろみそうな空気を割かんばかりに、「カルメン」のアリア「闘牛士の歌」が続く。

二枚目が当たり役の宮本とあって、太い声がいかんなく発揮させられ、艶やかで力強い男の魅力を振りまく。先ほどのユーモラスなパパゲーノとはうって変わった役柄を軽々とこなし、役の世界を歌声と身体で表現して、その歌声は観客の胸倉をぐいっとつかみ寄せるかのように迫ってくる。もちろん歌い終わった後、ステージは観客からの大喝采に包まれた。


◆武満の音楽にのせて
プログラムの最後に歌ったのは、武満徹の「小さな空」。  

短い一時間という時間ではあったが、音楽を通して出会い、時間を分かち合うことのできた観客への感謝の気持ちを宮本は歌声にのせる。

切なく美しい武満の音楽が、後酔いのしない甘美な酒のようにホールを満たし、やわらかな空気が広がる。それが優しい幸福感となって押し寄せ、観客の側、私の内面にも感謝の気持ちを呼び起こした。

ロベルト・シューマンの「献呈」のアンコールも含めた一時間余りの音楽会は、あっという間に終わっていった。でも、たった一時間の間でも、バラエティ豊かに趣向をこらしたプログラムのおかげで、いつもにも増して充実した時の流れを感じることができた。音楽室からオペラ会場まで、演奏会全体が、じつは宮本が入念に構成を練ったエンターテイメントだったのだ。

宮本先生に、見事してやられてしまったのだった!
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# by tritonmonitor | 2009-08-18 14:01 | ライフサイクルコンサート

音楽の玉手箱Vol.6 メンデルスゾーン生誕200年


6月22日(月)19:00開演
【報告:三木隆二郎/港区在勤 1階14列9番】



 第一生命ホールですでに恒例となっている「音楽の玉手箱シリーズ」とは、18-19世紀には普通に行われていた、様々な編成の曲があたかも現代のTVバラエティ番組のように繰り広げられるコンサートのことです。
 今回が6回目となるこのコンサートではメンデルスゾーン生誕200年を記念して、彼の作品の中から優しく輝く「音楽の翼をもった妖精」にスポットライトを当てて選曲されています。
プレトークとしてメンデルスゾーン研究家の星野宏美の解説付きでした。今年は生誕200年ということで既に半年で19回も記念コンサートに行かれたとか。たった38歳という短い生涯で750曲も書いた彼の様々な音楽の中で普段はめったに聴かれない曲が記念の年だからということで演奏されるのが特にうれしいが、中でも今日は極めつけの希少価値を持つのが「シャコンヌ Pf伴奏付」とのことで期待がますます膨らみます。

 前半の最初は小倉貴久子によるピアノ独奏でお馴染み〈春の歌〉。なじみぶかい旋律はメンデルスゾーンがスコットランドを夫妻で旅行していたくつろいだ気持ちが自然に湧き出ている、という解説を読むと、浮き浮きした気分のいわれが納得できます。
次にチェロの花崎薫が登場して曰く「メンデルスゾーンにはすべてがある。ベートーベンのような精神性、モーツァルトのような人なつっこさ、シューベルトのようなロマンチシズムが嫌みなく高い次元で一つにまとまっている。またその曲をオーケストラで演奏しているとその中にはワーグナーの先駆的な気配すらする。」とのコメントの後、無言歌を演奏しました。
次いでヴァイオリンの桐山建志が現れ、いよいよ〈ヴァイオリンとピアノのためのシャコンヌ 二短調〉の演奏となります。
そもそもシャコンヌにはブラームスやブゾーニによるピアノ用アレンジ、ストコフスキーによる有名なオーケストラ版もあるのですが、メンデルスゾーンによるピアノ伴奏付はその走りだそうです。
聴いてみての感想は「思ったほど(期待したほど)の違和感がない」ということに驚きました。それというのもヴァイオリン・パートがオリジナル通りに自然と始まりピアノは静かにしていることもあり、ピアノがその後和声を付けてもヴァイオリン・パートには一切手を付けていないこともあるからかもしれません。あのシューマンがこの初演を聴いて「メンデルスゾーンによる伴奏は絶妙で、あたかも老バッハが自らピアノに向かっているように思われた」と評したというのもうなずかれます。
次いで前半最後はテノール歌手、畑儀文が珠玉の歌を六曲歌いました。畑は今やドイツリートの第一人者ですがペーターシュライヤーが歌うメンデルスゾーンに魅せられて30年前のデビューコンサートでメンデルスゾーンを取り上げたそうです。確かにメンデルスゾーンは生涯で150曲の歌曲を作っていますが、あらゆる創作全般の根底に歌曲があった、ということです。シンプルかつナチュラルに加えてブリリアントで、たとえば、〈歌の翼〉など一度聴いたら忘れないメロディで誰でも口ずさめるのです。
特に〈新しい愛〉には今日の音楽会のテーマである妖精が登場しました。その妖精とは、「プレストの軽やかなテンポにより、スタカートと付点音符を交えた伴奏が、宙を飛び交う妖精、白馬のギャロップ、そして穏やかならぬ心の内をみごとに表現している。」(プログラムノートより)
プレトークで星野宏美が小倉貴久子に生誕記念コンサートの内容を尋ねた時に「メンデルスゾーンに歌は絶対欠かせない。」と言われたと紹介していましたが、まさに歌曲を入れたことが特に今晩のコンサートをいっそうゴージャスで魅力あふれるものにしていたと言えましょう。

後半は二短調の曲が二曲続きました。最初はピアノ独奏で〈17の厳粛な変奏曲〉ですが、おごそかな主題と言い半音下行によるモティーフの多用といい、精神性の深さを巧みな音楽技法で表現した極めて円熟した作曲技法が「厳粛な雰囲気」を良く表していたと思います。
ついで〈ピアノ三重奏曲第1番 二短調 Op49〉で今晩のプログラムの中ではもっともよく演奏される曲だったかもしれません。
中でも三楽章のスケルツォは「軽やかに生き生きと」という速度表示記号が示すように妖精が舞う音楽だと言えましょう。しかし、実を言うとこの曲を演奏するたびにピアニストから悲鳴が上がるのです。妖精のように軽やかに生き生きと弾くパートが作曲されたのはメンデルスゾーン自身が極めてピアノを弾くのが上手だったからにほかなりません。
この日にステージで演奏されたピアノはまさにメンデルスゾーンが活躍していたころのウィーンで製作されたJ.B.シュトライヒャーのものでした。中に鉄骨フレームはなく強い張力には耐えられませんが、鹿の皮で出来たハンマーにより軽やかなタッチが可能になり、木のケースに入っているので暖かい音色になっているのが特色です。

この日のコンサートには明確な制作の意図もあり、音楽家もそれぞれが一流で魅力あふれる演奏を繰り広げてくれたのですが、唯一残念だったのはお客様の入りで、せめてこの日の聴衆の倍は欲しいと思ったのは私だけだったでしょうか。
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# by tritonmonitor | 2009-07-10 16:04 | TAN's Amici コンサート